イラクでまたまた痛ましい犠牲者が出た。亡くなられた二人の外交官には悪いが、しかし今回の事件は当然予想されていたことで、問題はそこまでの自己犠牲の意義と価値があったのかどうか、ということである。
無法地帯の保安官を自任するアメリカは、これがいつものチキン・ゲーム※と思っているらしい。つまり昔々、キューバを舞台としたソ連との度胸試しを制した記憶が残っているようだ。しかしあのときは、ソ連という、いわば失うものを多く持っている〈まともな〉国が相手であった。しかし現在のイラクの “テロリスト”(なぜ括弧つきかといえば、彼らをテロリストという言葉で括るのは難しいときがあるからだ)には失うものがない。“自爆テロ” を認めるつもりはさらさら無いが、だいいちイスラエルにもアメリカにも、“自爆” 攻撃が無いのは、その圧倒的な武力的優勢のためばかりではなく、もはや失うものの無い絶望的な境地に立たされていないからである(かつてユダヤ人はまさにそのような苦境の中で生き抜いてきたのに、その記憶は、現在のイスラエル人には失われてしまったのであろうか。いやそれよりも、アメリカがあのヴェトナム戦争の教訓をなに一つ生かそうともしていないことの方がはるかに深刻である)。
それにしても小泉以下、日本の政治家にそもそもチキン・ゲームに参加する胆力など備わっているのであろうか。どうもそうは見えない。しかしぶっちゃけた話、「臆病者」のレッテルを貼られてもいいではないか。「臆病者」の生を生き抜くのは、もしかして、いや確実に、実は失禁のためズボンを濡らしながら「ぼく怖くなんかないもーん」とほざくより数段上の度胸と覚悟が必要ですよ。
※チキン・ゲームとは、ジェームス・ディーン主演の映画『理由なき反抗』の中で、主人公が土地の不良たちと、崖めがけてたがいに車を走らせ、先に車から飛び降りたほうが負けというゲームから生まれた言葉である(チキン=臆病者。なおチキン・レースとも言う)。
-
※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
キーワード検索
投稿アーカイブ
-
最近の投稿
- 【再掲】「サロン」担当者へのお願い(2003年執筆) 2023年6月2日
- 再掲「双面の神」(2011年8月7日執筆) 2022年8月25日
- 入院前日の言葉(2018年12月16日主日) 2022年8月16日
- 1968年の祝電 2022年6月6日
- 青山学院大学英文学会会報(1966年) 2022年4月27日
- 再掲「ルールに則ったクリーンな戦争?」(2004年5月6日執筆) 2022年4月6日
- 『或る聖書』をめぐって(2009年執筆) 2022年4月3日
- 【ご報告】家族、無事でおります 2022年3月17日
- 【3月12日再放送予定】アーカイブス 私にとっての3・11 「フクシマを歩いて」 2022年3月10日
- 『情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い』 2021年10月15日
- 東京新聞コラム「筆洗」に訳業関連記事(岩波書店公式ツイッターより) 2021年9月10日
- 82歳の誕生日 2021年8月31日
- 思いがけない出逢い 2021年8月12日
- 1965年4月26日の日記 2021年6月23日
- 修道日記(1961-1967) 2021年6月1日
- オルテガ誕生日 2021年5月9日
- 再掲「〈紡ぐ〉ということ」 2021年4月29日
- ある追悼記事 2021年3月22日
- かけがえのない1ページ 2021年3月13日
- 新著のご案内 2021年3月2日
- この日は実質父の最後の日 2020年12月18日
- いのちの初夜 2020年12月14日
- 母は喜寿を迎えました 2020年12月9日
- 新著のご紹介 2020年10月31日
- 島尾敏雄との距離(『青銅時代』島尾敏雄追悼)(1987年11月) 2020年10月20日
- フアン・ルイス・ビベス 2020年10月18日
- 宇野重規先生に感謝 2020年9月29日
- 保護中: 2011年10月24日付の父のメール 2020年9月25日
- 浜田陽太郎さん (朝日新聞編集委員) の御高著刊行のご案内 2020年9月24日
- 【再録】渡辺一夫と大江健三郎(2015年7月4日) 2020年9月15日
- 村上陽一郎先生 2020年8月28日
- 朝日新聞掲載記事(東京本社版2020年6月3日付夕刊2面) 2020年6月4日
- La última carta 2020年5月23日
- 岩波文庫・オルテガ『大衆の反逆』新訳・完全版 2020年3月12日
- ¡Feliz Navidad! 2019年12月25日
- 教皇フランシスコと東日本大震災被災者との集いに参加 2019年11月27日
- 松本昌次さん 2019年10月24日
- 最後の大晦日 2019年9月28日
- 80歳の誕生日 2019年8月31日
- 常葉大学の皆様に深甚なる感謝 2019年8月11日
- 【再掲】焼き場に立つ少年(2017年8月9日) 2019年8月9日
- 今日で半年 2019年6月20日
- ある教え子の方より 2019年5月26日
- 私の薦めるこの一冊(2001年) 2019年5月15日
- 静岡時代 2019年5月9日
- 立野先生からの私信 2019年4月6日
- 鄭周河(チョン・ジュハ)さん写真展ブログ「奪われた野にも春は来るか」に追悼記事 2019年3月30日
- 北海道新聞岩本記者による追悼記事 2019年3月20日
- 柳美里さんからのお便り 2019年2月13日
- かつて父が語っていた言葉 2019年2月1日
- 朝日新聞編集委員・浜田陽太郎氏による追悼記事 2019年1月12日
- 【家族よりご報告】 2019年1月11日
- Nochebuena 2018年12月24日
- 明日、入院します 2018年12月16日
- しばしのお暇頂きます 2018年12月14日