ウメさんは今日から正式に隣の親病院の患者さんになった。つまり今まで二年間お世話になった施設にはもう戻ることはないということだ。
この二年間、本当にお世話になった。ゆったりした個室のガラス戸からは広々とした野原が一望のもとに見渡せ、近くには小ぶりながら桜や紅葉の木が季節ごとの景観を楽しませてくれた。ウメさんはいま夢の中。きっとこの景色の中を自在に歩いているに違いない。
次に入る人のために部屋を空けなければならなかったのだ。スタッフの方でもうあらかた荷物の整理をしていて下さったので、明け渡しに時間はかからなかった。おじいちゃんや孫娘やクッキーの写真、いつも手元に置いていたお気に入りの小さなビニールのバッグ(取っ手のところに熊さん人形)、それから時おり見ていた小型のテレビ。持ち物はそんなもんだ。室内便器と車椅子、そしてステッキなどはまだ新しいが、私たち夫婦が使うまでは少なくとも二、三〇年は間があるので(と願いたい)、どなたか必要な方に使ってもらおうと置いてきた。
その帰り道、ウメさんの所に寄った。昨日から一応鼻から流動食を摂るようになった。時おりぼんやり目を開くが、たいていは眠っている。妻が耳元で名前を言うとわずかに反応した、いや、したと思いたい。隣の患者さんが痛そうに顔をゆがめたまま眠っているのに比べれば、ウメさんはどこも痛いところが無さそうで、それは私たちにとって何よりの慰め。
二月六日の朝まで元気で、その前日、大きな花柄のテーブルクロス(食堂の?)を喜んで珍しくはしゃいでいましたよ、というIさんの言葉に胸がつまったが、でもウメさん幸福だったよね? とりわけここ数年、顔つきもおだやかになり、ほんと観音様みたいだった。もうなにも心配することはないんだから、今はゆっくり休んでていいよ。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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