新年そうそう縁起のいいこと二つ

(その一)

  家内の運動のため、というより自分自身の健康のため、ほぼ毎日、東が丘公園や北泉海浜公園に車で行く。もちろんそこで車を降りて歩くのである。ただし冬場はそれが二日おきになったり、あいだに雨の日が入ったりするとさらに間遠になる。
 さて一月三日、今年はじめての北泉である。三時半近くだったので、はや冬の陽は翳りはじめ、さすがにサーファーの姿は、いやいたいた、沖合いに五つ、六つ、黒い点が漂っている。ウェットスーツを着ても冬の海は寒いであろうに。夏場のサーファーは遊び人に見えるが、冬場のサーファーは苦行者に見える。たぶん同じ人たちだろうに。
 駐車場のそばにある自動販売機で温かい飲み物でも、と思い、120円のホットレモンのボタンを押した。出ない。売り切れの赤ランプが点灯していないのに変だ。そこで止せばいいのに意地になってさらに120円投入。出ない。
 だれにも文句がつけられない奇妙な悔しさ。そのときその自販機の販売主を示すプレートに気づいた。駄目でもともとという気持ちでケータイで電話してみた。案の定、三が日に会社が営業してるはずもない。240円が何倍にも思える無念さ。
 ところがである。その日の夜、その自販機の責任者という若い男からの電話。いやー驚いたね、真っ先に出たこちらの言葉は「あんたんとこ誠実だねー」。そして今日、丁寧な侘びの言葉と一緒に、ボール紙にセロテープで固定された240円分の硬貨六つが郵送されてきた。これはもう何万円もの価値ある硬貨である。UCC東日本総業株式会社原町営業所の小林君、いやー感服しました。

(その二)

 昨日アップした「ある介護施設宛ての手紙」にも、今日実に素敵な返事が送られてきた。反省を促したこちらの方が恥ずかしくなるほどの、誠実で知性的で、しかも品格のあるお手紙である。固有名詞を伏せるからという条件で公表する許しをいただいた。説明不要、以下実物を読んでいただきたい。そしてずべての介護事業所の責任者、職員に読んでいただきたい。

 謹んで新年のお慶びを申し上げます。
 また、昨年中はご心配ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした。年末にいただきました御書簡につきまして、私の応えを述べさせてください。なお、経営者であります当社のSにも、御書簡を提出いたします。
 佐々木様がご指摘くださった内容には、弁解できるような余地がございませんでした。私を含め、当事業所のスタッフに、自己防衛的な意識があること。介護サービスにも関わらず、人間味に欠けた対応が現に起きていること。そして、それらが佐々木様のお気持ちを傷つけ、不信感をよんでしまったこと。
 私は、佐々木様のご意見を目にしてから、思い当たる節を探しては、落胆と改善の糸口探しを繰返しているところです。もしかしたら、ほかの利用者様やご家族に対しても、同じような対応があるのではないか。そんなことも想像しつつあります。
 この書面では、佐々木様がご指摘くださった内容について、具体的な方策をお答えすることが難しいと考えました。安易な手だてを講じても、私どもの根幹にある「人としての意識」が変わらなければ、佐々木様や他のお客様には、ご満足いただけないはずですから。さらに申し上げますと、「プロの介護サービス」を強く念頭に置かない限り、その場しのぎの対応が今後も繰り返される気がしてなりません。
 それほど、佐々木様のご指摘は、事業の継続性にも関わる深刻な課題だと思います。これは、私どもの人間性の問題とも思えるほどです。私どもは、自らの未熟さを隠そうとして、暖かみの薄い、形式的な言動をとっているようです。正直なところ、時間をかけてスタッフの意識を見直してゆかないと、根本的な改善にはなろうはずもありません。  
 このような悠長な話では、お許しいただけないとは存じますが、どうかこの点についてだけはご理解をたまわりたく、お願いを申し上げます。  少し本題からは逸れますが、佐々木様からのご指摘は、私の中では、大変ありがたいものにもなりました。
 地域性もあるのでしょうか。近ごろは、あのようなお話は、なかなか表立ってはうかがえません。ハッキリ言わずに、陰で話されることが比較的多いと感じています。
 私達は、しばしば勘違いしながらサービスを提供しているかも知れません。それに気づくには、自分以外の目が必要です。しかし、今はその視線すらも避けようとして、自己満足の介護に陥っている事業所が見受けられます。当事業所も、きれい事を言いながら、その道を進んでいる。これは誠に恥ずべき話であり、頬を叩かれた気がしました。
 私どもが、この後、どれだけの緊張感と自覚をもってゆくのか。その意識が育っていくのか否か。多少のお時間はちょうだいしたいのですが、どうかお確かめいただきたいと存じます。  明快な回答になってはおりませんが、ご返事と御礼としてお受けいただければ何よりです。まとまりのない文面におつき合いくださいまして、ありがとうございました。  

   平成二十年一月四日
                     T. O

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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