ケ・ぺーナ!(何ともお気の毒!)

日本プロ野球には申し訳ないが、我が家ではいまやテレビの野球観戦となればもっぱら大リーグのそれである。朝食後(ちなみに朝食だけは老夫婦は二階居間でパン食)、たいてい私はパソコンの前に座るが、妻はテレビを観る。シーズン中は(つまり大リーグのペナントレース中は)BS1の試合をつけっぱなしにしている。特に野球好きでもないはずだが、画面の中に何か動くものがあった方が、気がまぎれるのかも知れない。私も調べものをしたり本作りの合間に、イチローとかマツザカの名前を聞くと急いで行って観ることにしている。
 さすが大リーグだな、と感心させられるのは、選手たちのプレー一つひとつの圧倒的なスピードとパワーであるが、観戦していて気になることが一つある。それはいまや選手の3分の1を占めるヒスパニックたちの名前の呼び方、もっとはっきり言うと、そのアクセントの置き方である。
 たとえばニューヨーク・ヤンキースの Cano だが、アナウンサーも解説者も必ずカノーと発音するが、正しくはカーノである。ロドリゲスとかゴンサレスのように比較的長めの名前だとあまり気にならないが(正しくはロドリーゲス、ゴンサーレス)、たった二字だとやはり気になる。日本人アナウウンサーだけの間違いかなと思っていたが、場内アナウンスを注意して聞いてみたら、あちらでもカノーと発音している。
 「本場」でもカノーと呼んでるんだからいいじゃないか、という考え方もあるが、名前ぐらいは正しく読んでやるのが礼儀というものであろう。大NHKには国際局とかなんとかがあって、スペイン語のネーティブや専門家がゴマンといるのだから、ちょっと確かめてもいいのに、と思う。スペイン語のアクセントの規則はおそらく世界一公明正大で、一度覚えれば間違えようがないはずなのだが。
 もちろんスペイン語では、規則から外れる場合は必ずアクセント記号を表記しなければならないが、英語ではアクセント記号そのものを表記しないという根本的な違いはある。カーノ(ちなみにカーノという姓はスペインではきわめてポピュラーである)自身がなぜ正しく呼ばれないことに抗議しないかその理由は分からないが、もしかするとそこには現在のアメリカ社会全体の中でのヒスパニックの位置関係が反映しているのかも知れない。
 ところでいまア・リーグ東地区で首位に立つデビル・レイズに、ペーニャという名の選手がいる。画面のデータ表示では Pena となっているが、正しくは n の上に波型のアクセント記号が必要。これも英語では表記されない記号なのだが、正しく表記されれば「岩村」とか「岩本」の「岩」を意味する。しかし記号がないと「罰」とか「苦痛」とか「無念」の意味で、そのままではなんとも気の毒である。野球で稼いでいつか故国ドミニカに帰るなら我慢してもいいが、アメリカに永住する気なら正しく表記されるよう運動せねば…まっ本人がそれでいいなら知ったこっちゃないけど…
 (※背中の名前には記号が付いているので、もしかすると正式記録には正しく表記されているのかも知れない。つまりNHKだけの怠慢なら話は別だが…)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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