おおつごもりの夜に

一年の計は元旦にあり、という。しかし過ぎ去った一年を良く総括しないところに、良き計が立つはずもない。なーんて偉そうに書き出したが、それでは自分のこの一年を総括してみよ、などと言われると、とたんに言葉に詰まってしまう。まるで闇雲にトンネルを潜り抜けてきたような感じが残っているだけだからだ。
 月並みだが、自分にとって大きな事件は何か、と振り返るなら、いの一番に来るのは、孫娘の誕生であろう。これで三人の孫を持つことになったが、上の二人、つまり川口の娘のところの二人は4歳、2歳の男の子なので、女の子の誕生は願ってもないことだった。
 中学時代の同級生はじめ、周囲には酸いも甘いも噛み分けた(?)女ともだちが多いが、彼女たちはなぜか皆、「そうよ、これからは女性の時代よ、本当におめでとう」と言ってくれる。長らく女子大の教師をやっていたからだけではないが、確かに私自身、心からそう思う。
 なぜか。真っ先に挙げなければならないのは、女性の持つ持続力である。粘り強さでは男性を遥かに凌駕する。それに男性が、いわゆる「身を立てる」ということに汲々としているのに対し、女性は比較的自由に、自分のやりたいことを選ぶことができる。中でも特筆すべきは、これからの時代、地球にも人間にも女性的な「優しさ」が重要になってくるからだ、などなど、続けていくらでも女性讃歌を書くことができるが、対照的に男性の哀れさが目立ってくるので、この辺でやめておく。私自身、これでも男性の端くれなので。
 もちろん、過去において、性懲りもなくイクサをくり返してきたのはすべて男性であったわけではない。軟弱な男性を叱咤激励して男性をセンソウに駆り立てた「国防婦人会」の面々がわんさといたのである。でなけりゃ、生来甘えん坊の男性が戦場に喜び勇んで赴くはずもない。しかし、そうはいっても女性の本質が「平和主義」であることを否定することはできないであろう。
 この孫娘「愛」がすくすくと成長していく過程で、じっちゃんなりに側面から応援していくことが、晩年を迎えた私の張り合いである。もちろん二人のお兄ちゃんたちも私にとって希望の星である。
 第二の大きな事件は、と十大ニュースまでやるつもりはないが、これまで無事に認知症と闘っている妻の善戦である。もちろんこれは「事件」ではない。大切な事実というほどの意味である。医者の「お墨付き」もないのに、勝手に認知症であると決め付けることに、いささか忸怩たる思い無きにしもあらずだが、伝染病でもないかぎり、そして現段階では治癒の見込みがない以上、いまのところ、というより当分の間は、医者の診断を「仰ぐ」つもりはない。ただ闘うだけ。もちろんこの場合「闘う」とは、いつも、どこででも一緒に「頑張る」という意味である。相手をナメるつもりはないが、怪我をしたり他の病気に罹らないかぎり、なんとか「やりおおせる」のでは、と思っている。
 得体の知れぬ疲れを感じるときもあるが、それに負けないぐらいの「根性」は持ち合わせている。さて、その次にくる「事件」は? いや大抵のことは「やり残し」状態にあるので、それらは、明日、年頭にあたっての「所信表明」のかたちで話すことにしよう。
 最後になりましたが、ささやかであやふやな「モノディアロゴス」を読んでくださった皆さん、どうぞ良い年越しを、そして来年もまたよろしくお願いいたします。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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