『インディアス史』全七巻

石原保徳さんが病と闘いながら仕上げたラス・カサスの『インディアス史』が、編者代送というかたちで岩波書店から届いた。「大航海時代叢書」第二期第21~25巻として長南実訳で出たものを、石原さんが十分の七に圧縮編集して文庫本で出した七冊である。圧縮編集と簡単に言ったが、それがどれほど困難な仕事か、その作業経過を石原さん自身からときおり知らせてもらっていたので、そのおおよその事情は分かっていたつもりだ。しかしそのずしりと重い成果を実際に手にして、改めてその壮挙のすごさを思い知らされた。
 これほどまでに『インディアス史』を読み込んだ人は本国スペインにもいないし、ましてやそれを圧縮編集した人もスペインのみならず全世界広しといえど石原さん以外にいないであろう。医師からは昨年の夏までもつかどうか、などと言われながら、とうとうやり遂げたのだ。最近では椅子に座っているのがつらいのでほとんど立ったままの作業だったらしい。
 そんな労作をいただいて、私がやれることといえば、文庫本の装丁者には申し訳ないが、革と布を使って、超豪華な合本を作ることぐらいだ。それで今日の午前中を使って2冊の合本を作った。つまり文庫本の1巻から3巻までを、そして4巻から7巻までを合体させて2冊の合本にしたのである。背革は妻が使わなくなった化粧品入れ(ポーチ?)を解体して用意した赤い牛のなめし皮を、そして表紙を飾るのはバッパさんの箪笥から調達した茶色のビロード地。
 最後は栞代わりの太目の黄色い刺繍糸を背中につけて、なかなか豪華に仕上がった。もちろんいつも手もとに置いて、言葉のもっとも実質的な意味合いで長南先生と石原さんの「合作」と呼ぶべきこの『インディアス史』を読んでいくためだが、石原さんにもその勇姿(?)を見せたくて、デジカメで写真に撮って、午後の便の速達で送った。「お仕事の完成、ほんとうにおめでとう。でもこれで安心してどっと疲れがでるようなことがありませんように。次の目標に向ってがんばれ! それからもしお望みなら、石原さん用の、もっとましな合本を作ってさしあげますので、その時はもう一組お送りください」などと、無情な激励とありがた迷惑な申し出での言葉を添えて。
 いまその超豪華な合本の2冊目の末尾にある(つまり文庫本では第7巻の)石原さんの「解説」を読んでいるのだが、ラス・カサスがこの畢生の大作を書き始めたのが、なんと68歳であったことに初めて気が付いた。つまりまさに今の私の歳なのだ!

ラス・カサス インディアス史 全7冊

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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