一日の終わり

一日の過ぎるのがなんと早いことか。あっという間に終わりがやって来る。といって「やらねばならぬこと」が山積しているわけではない。ほとんどが「やらなくてもいいこと」なのに、急かされているかのように、追い立てられているかのように、気忙しい思いのうちに一日が暮れていく。
 やらなければならないことの筆頭は妻の世話である。といって今のところそう大した世話ではない。たとえば就寝前の日課は、まずトイレに連れて行き、そのあと歯を磨かせる。歯ブラシに適量の練り歯磨きをつけて手渡し、その手を口のところまで持っていってやれば、ちゃんと磨いてくれる。そのあと水を入れたコップを渡し、「ガブガブ」するように言えば、ちゃんと口を漱いで吐き出してくれる。こうした動作は頭が記憶しているというより、体が覚えているのであろう。しかし今晩はどうしたことか漱ぎ終わった水を飲んでしまった。明日からは注意してやらねば。
 ところで自分で顔が洗えなくなったのはいつからだったろう。今では小形のタオルを湯で絞って顔を拭いてやる。そのあと居間に戻って、小さなパフに乳液を垂らし、それで顔を拭いてやる。そのせいかどうか、顔には皺ひとつなくいつもすべすべしている。さあ、これで妻の一日が終わる。パジャマに着替えさせて…着替えさせて、といえば妻が自分で着替える意味か? そうではなく私が全部してやらなければならない。
 これで朝方までぐっすり寝てくれれば万々歳。一時期は何度も起き出し、何度も便所に連れて行かなければならなかったが、今では静かに寝てくれる。
 さてこうして今パソコンに向かっています。ですがあっという間に、十二時が近づく。今晩はほとんど意味のない些事を書き連ねてしまいました。明日は少しはまともなことを書きましょう。おやすみなさい。私はあと一時間ほど、眠い目をこすりこすり、明日の午後の、浮舟文化会館でのお話のための準備をするつもりです。明日は年度初めのお話、さて何を話すことにしましょうか。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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