長谷川郁夫氏による「素描」(『故郷を見よ 小川国夫文学の世界』、静岡新聞社、2007年)によれば、小川国夫の出自はこうなっている。
「昭和二(1927)年十二月二十一日、静岡県志太郡藤枝町(現・藤枝市)に生まれた。藤枝は旧東海道の宿場町。生家は祖父母が興した街道沿いの商店で鋼材、製紙用資材、肥料などを扱っていた(八年、藤枝駅近くの青島町に移転)。父・冨士太郎、母・まきの長男。二歳上に姉・幸子。二年後に弟・義次が誕生する。幼児期には父の病気療養のため、静岡市西郊の用宗海岸に住んだ時期もある。」
『弱い神』が彼の家系をどの程度までモデルにしたか、また地理的環境をどこまでなぞっているかはいまのところ不明だが、私の予想では家系を含めた人的環境も、また地理的環境も、実際のものからかなりの程度借りてはいるが、しかし全体としては彼が作り上げた架空の世界であることは間違いない。つまり登場人物たちが生きているのは明治の終わりから大正の初めにかけてであるが、その彼らの生活空間は、作者が20年近く歳月をかけて造形していった架空の町ではないかということだ。
ちょうどフォークナーのヨクナパトーファ郡が、そしてガルシア・マルケスの蜃気楼の村マコンドがそうであるように、作者の想像力が大きく羽ばたくために、作者の頭蓋のなかに描かれた架空の土地だということである。
登場人物たちの相関関係をメモした紙片は、さらにふくらんできたが、これからは作品の舞台地図を描いていく必要があるのかも知れない。今日も雑用(といっても夫婦が人並みに生きていくための必要不可欠の雑用も含む)の合間に読み続けたが、この作品は急がずじっくり読んでいっても感興が損なわれる気遣いはなさそうだ。