羽下昌方陶芸展について

ここ数日、神吉先生ご夫妻のことを思い出していたが、その繋がりで、明日が最終日の陶芸展について、もしこれを読んでくださっている方で、近在にお住まいの方がいればぜひ観覧くださるように、との思いでお知らせしておく。陶芸作家は小高区飯崎で「海峰窯」を経営している羽下昌方(はがあきのり)さんである。彼と知り合ったのは、以前、小高浮舟文化会館でもスペイン語教室をやっていたとき、受講生の一人として来られていたからである。小高の教室は原町区のそれと併合したので、教室ではお目にかからなくなったが、毎年開催される個展でお会いするようになった。あまり知られていない作家なので、念のため略歴をご紹介する。

 47 栃木県宇都宮市生まれ
 72 弘前大学理学部卒
 77 三村善蔵氏の指導のもと陶芸を志す
 99 小高に創作の拠点を移す
 04 AMSC(国際美術家協会選考委員会)スペイン本部名誉総裁より「現代日本代表芸術家賞」受賞。プラド美術館財団会員
    フランス・パリ・「美の開放展」・ルーブル出展。同展にて「創造の自由」賞受賞。
 05 AMSC日西芸術マヒストラル賞受賞
 10 3月「創造の新天地へ」でスペイン芸術顕彰賞受賞(15年間で、日本の芸術家中、もっとも評価すべき人として、各ジャンル1名に与えられる賞)

 あまり知られていない、などと失礼なことを言ったが、国際的に評価の高い陶芸作家がわが町にもいることを誇りたい。神吉先生繋がりと言ったわけは、氏の海外での評価、とりわけスペインでのそれが突出しているからである。もし先生がご存命だったら、ぜひご紹介したのに、と残念でならない。
 美術にも陶芸にも無知に近い、いや無知そのものの私だが、羽下さんの作品が創造性の高いボルテージを持っていることは分る。スペインの画家ダリやホアン・ミロ、あるいは建築のガウディに一脈通じる、氏の独創性あふれる作品が、スペインで高い評価を受けているのも頷ける。相馬焼の伝統が強い風土の中で、どうしてあのような発想が生まれたのか、そのうち機会を作って直接聞いてみよう。
 三日間の開催期間の明日が最終日。最終時間の午後四時前に、会場の銘醸館ギャラリー一番蔵に行くつもりである。近くの方もぜひこの機会に羽下さんの作品を鑑賞してください。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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