『ナショナル・ジオグラフィック』の本年一月号が送られてきた。昨年、その購読を打ち切りにしたのに変だと思って、同封のあいさつ文を読んでみると、旧購読者に再度の購読を勧めるためのサーヴィスと分かった。それにしても思い切ったことをやるな、と思う。さらに飛躍を求めて購読者拡大をねらってのものか、それとも昨今の電子図書の興隆に危機感を覚えての捨て身の作戦か、そのどちらかであろうが、どうも後者のようだ。
もともとこの雑誌を講読していたのは美子で、婦人雑誌や週刊誌など見向きもしない美子が、唯一定期購読をしていた雑誌である。『タイム』や『ライフ』、『リーダーズ・ダイジェスト』と同じアメリカ巨大出版の一つで、世界各地に取材することをいいことに、時にCIAまがいのスパイ活動もするといった噂のこともあってあまり良い印象を持っていなかったが、ときおり見る限りなかなか面白い。特に世界各地のめずらしい風物や文化を伝える写真がすばらしい。『ライフ』のロバート・キャパ級の専属カメラマンを擁していたかどうかは知らないが、写真を見るだけでも楽しい。それで美子がすっかり読まなくなってからも、しばらく定期購読を続けていたが、なにせ使われてるのがアート紙というのだろうか、そのためかなりの重さで、安普請のボロ家にはこれ以上とり続けるのは無理と判断したのだ。
ところで今回送られてきた一月号の特集は「70億人の地球」で、インドなどの爆発的な人口増加を視覚的に報じている。日本など少子化が問題になっているのに、いっぽうでは急激な人口増加、どうもうまくいかないようだ。毎号何らかの付録がついているが、今月号は3ページ大の「未完の聖堂サグラダ・ファミリア」のロングポスターだ。聖堂の全体像や、植物から着想を得たというガウディの細部のデザインの図絵があって、ガウディのファンにはたまらないだろう。
が、いずれにせよ、肝心の美子が見ないのだから、やはりこのまま購読はしないことにする。出版を引き受けている日本経済新聞社なら、なんとか出版継続の手立てを見つけるだろう(なんて私が心配することではないが)。
話は変わるが、今日、ホフマンの『牡猫ムルの人生観』が届いた。昭和25年に世界社から出た451ページの一巻本である。紙も印刷もあの時代のものだから悪いが、川合喜二郎という人の装丁がなかなかよろしい。しかしいつもの流儀で、カットを一部切り取っただけで、あとは茶色の布表紙に変えた。発行は昭和25年なのに、どういう経緯かは分からないが、巻末の訳者解説の日付は昭和十一年福岡となっている。そのときも世界社発行らしいので、戦後、復刻というより残されていた活版をそのまま使って出版したのではないか。
訳者秋山六郎兵衛の巻末解説によると、昭和十年十一月の雑誌『思想』に、漱石の猫とホフマンの猫との比較論を発表したらしい。しかし私がひそかに予想していたのとは違って、漱石はホフマンの作品とはぜんぜん無関係に自作を著したようだ。しかしいずれにせよ、漱石の猫を面白く読むためにも両者の比較分析には興味がある。
また、その解説によると、ムルは自らドン・キホーテを気取っているそうで、その比較もおもしろそうだ。さらにドストエフスキーの『青年』や『悪霊』もホフマンから多大の影響を受けているらしく、そう考えると『牡猫ムル』はじゅうぶん一読の価値はありそうだ。問題はいつもの通り、読むための時間と根気に帰着する。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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