モジュール、そは何物?

HP(ヒューレット・パッカード)から宅急便が届いた。みかん箱ほどの大きさだが、やけに軽い。開けてみると箱の真ん中にマッチ箱の半分くらいの小さなベークライト製の箱、例のインクサービスモジュールが入っていた。粗末な作りの空箱で、これが三千円以上もする部品とはとうてい思えない。それはともかく、先日の電話で入れておくと言っていた説明書も何も入っていない。プリンターのどこを開けて、どこの部品と交換するのだろう。プリンターのねじを二本ほどはずしてみたが、まったく開かない。
 なんと不親切な会社だこと、と憤慨してみても始まらない。それで半分あきらめの境地で、先日のカストマーセンターとかに電話してみた。すると出てきた男性が実にていねいに応対してくれたのである。先日の女の子の空約束に触れると、またヘマをやったか、といった調子で平謝り。どうも件の女子社員、ときどき同様のポカをやらかすらしい。「まずマイナス・ドライバーを二本用意してください」から始まって、いくつかあるボタンを押す回数、順序などこちらの手の動きを待って、ゆっくり指示してくれた。最後はプリントアウトした診断情報(diagnostic information)の必要箇所のチェックをしてくれ、エラー表示が出ないように、カウンターらしき数字をゼロにする操作をしてすべて完了。見事に動き出した。
 もともとは相手の手違いから起きたトラブルだが、おもわず「ありがとう!」と言うと、「とんでもございません。後から先日応対した社員に厳しく注意しておきますので、どうぞお許しください」との返事。いやーこれぞプロの仕事。恐れ入谷の鬼子母神。
 ともあれ、モジュールとかの場所は、本体の裏側だった。はずしたその黒い小箱の中を見てみると、黒インクの滓らしきものが溜まっていた。ティッシュをまるめて中に入れてみると、際限なくインクがべっとり付いてくる。ヘビースモーカーの肺に溜まったニコチンみたいなものか。それにしても、溜まったインク滓を時おりかき出せば使用可能になるように作れなかったのだろうか。これはやはりある時期が来たら使用不可能になり、部品交換で利益を上げる手段なのかも知れない。診断情報を見ると、印刷した枚数もカウントされているようで46,423という数字が記録され、写真は685という数字になっている。
 いや印刷した枚数を記録しているだけでなく、もしかすると何を印刷したのか、その内容は、そして書き手の思想傾向は、などなど私の知らぬところですべて監視しているのかも知れない。黒いマッチ箱だと? いやいやそれは見せかけで、じつは極めて精巧な監視装置ではないか。もしかしてあの黒いぽっちはスパイ用カメラのレンズではなかったか? そしてあのネジ穴はマイク?

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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