阿Qにはまだ戻れない。『正伝』は一応は読み返したが、まだ考えがまとまらない。
午前中、近くの旭公園で開催されている「ふゆまつり」に頴美、愛と四人で出かけた。「秋まつり」というのは昔からあったが、冬祭は初めて聞いた。行ってみると、原町二小の生徒たちのブラス・バンドの演奏をやっていた。近頃の小学校では、ブラス・バンドも盛んらしい。年寄りのためか、大きなテントも張られていて、中に二つほど大きな灯油ストーブが燃えていた。しばらくそこに坐って見物したあと、愛たちは駅前の図書館に、私たち二人は先に家に帰った。
家に帰ると、何冊か、ネット古本屋から届いていた。1だけあって2がなかったソルジェニーツィンの『収容所群島』(新潮文庫)の2、斉藤孝の『読書力』(岩波新書)、そしてW・スタイロンの『ソフィーの選択』(大浦暁生訳、新潮社、1、2)である。『収容所群島』は分かるとしても、斉藤孝のものはなぜか。実は最近、読書力が格段に落ちてきているので、速読術に関するハウツー物でも読んでみようか、とたまたま目に入った、いまテレビで人気者になっている斎藤孝の本を注文したのだが、いざ届いた古本を見る限り、題名の通り、つまり速読の本ではなく読書の効用などを啓蒙する内容だった。
さすがにそれは釈迦に説法。と偉ぶるつもりはないが、読書一般について売れっ子教授の教えを請うつもりはない。例の通り1円だからいいようなものだが。
さて問題は、スタイロンの本である。最初、どうしてこんな本を注文したのか思い出せなかったのだが。そうだ、先日、朝日新聞に載った大江健三郎の「定義集」で取り上げられていた本だった。いつもの通り、健ちゃんの文章は分かりにくいが、要するに遅読の勧めを内容とするエッセイであった。そして一例として挙げていたのが、彼のアメリカ滞在中、義兄伊丹十三の自殺を契機に没頭した本『見える暗闇』だった。
ところで大江氏がこだわっているのは、ダンテ解釈をめぐってである。簡単に言えば、奈落の底から抜け出したときに星を見たのか、それとも星を見ようとあがくうちに奈落を抜け出したのか、に関してである。大江氏の結論は後者、すなわち人間は希望無しには生きられない存在者ということだろう。
実はスタイロンという作家のことは、今回初めて知った。メリル・ストリープ主演の同名の映画のことはどこかで読んだ記憶があるが、その原作者がスタイロンだということも、ましてや彼が鬱病から立ち直った作家だということも知らなかったのだ。それで彼の “Darkness Visible” が読みたくなったが、翻訳書の方は古本でも相当な高値なので、それなら大江氏と同じく原著で読もうとネットで探したところ、北海道の古本屋のものを見つけたのでさっそく注文し、さらにホロコーストから生還した女性を主人公にした小説も読みたくなって、それは例のごとく上下それぞれ一冊1円のが見つかったので注文したのだった。
皮肉なことに、速読術を簡便に習得しようとして、遅読の勧めに出会ったというわけだ。以前にも覚悟を決めたように、この歳になってあわてて速読術などに惑わされないで、じっくり味読することを続けよう。遅読などという言葉は辞書にはなさそうだが、この際ネットに辞書登録することにした。チドク、ねっ、ちゃんと変換したよ。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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