幻の総理記者会見

今朝の新聞折り込みに県の自民党議員会のカラー顔写真入りの宣伝チラシが入っていた。「県民のいのちを守る 原発事故保証の早期支払いなど東京電力に迫る!!」とスーパーの安売り広告なみに、やたらビックリ・マークが踊っているが、こっちの方がビックリだ。今までさんざん原発事業を推進してきた政治家どもの、反省なき厚顔ぶりに腹が立つ。中央政治も地方政治もすべて後追い政治、未来創造の片鱗も見られない。以下、昨夜書き出したがとちゅう睡魔に勝てずに(美子のシャワーで少々疲れて)とうとう投げ出した偽首相記者会見を、自民党議員団への怒りを追い風にして続けることにする。

 …えー、一国の総理としてこの記者会見が最後の機会となりました。いま思い返しても国民の皆さんの負託に応えられなかったおのれの非力に臍を噛む思いしきりです。『春秋左伝』にありますように、ホゾはヘソのことですが、いくら身の軽い中国雑技団の名手であろうと、自分のヘソは齧れない、そのくらい取り返しのつかないことをしてしまったと後悔の念に捉えられているわけです。でも出べそならどうでしょう? あれっ、なぜヘソの話になったんでしょう? すみません、こころ千々に乱れて、早くも話が思わぬ方向に脱線しそうです。実はお話する内容についてのメモは用意しませんでした。自分を追い込んで、ほんとうに言いたいことをこの土壇場で真心をこめて皆さんにお話ししたかったからであります。
 昨夜、今日のこの記者会見のことを考えて眠れず、意識朦朧の中で、大震災発生以後、次々と繰り出す施策がすべて裏目裏目に、あるいは後手後手にまわってしまったのはなぜか、つらつら考えました。そしてようやくたどりついた結論は、あまりにも簡単なこと、つまり日本国総理の役を演じきるだけの覚悟ができていなかった、だから皆を引っ張る迫力に欠けていたということに遅まきながら気づき、自分でも愕然としたのです。
 話は急に変わりますが(会場ザワザワする)、むかしロベルト・ロッセリーニ監督の『ロベレ将軍』という映画がありました。デ・シーカ演じる詐欺師が自分と容貌が酷似したロベレ将軍と間違われてドイツ軍に囚われます。自分はたんなる詐欺師だといくら言い立てても無駄でした。そうこうしているうち不思議な現象が起こります。つまり獄中のロベレは救国の英雄だという噂がイタリア中に流れるのです。詐欺師にとってはいい迷惑です。しかし民衆の祈るような期待にほだされて、いつしか詐欺師は民衆のためなら立派なロベレ将軍の役を演じきって死のうと覚悟するにいたります。そしてある朝、彼は死刑台の露と消えます。つまり言いたいのは、私は本物の将軍になったのに、この詐欺師ほどの度胸も覚悟もなかったということです。
 そんなこんなで今回、四面楚歌の中、総理の座を降りる羽目に陥りましたが、しかしせめて最後の記者会見では言いたいことをしゃべろうと思ったわけです。いたちの最後っ屁ととられても仕方がありませんが、最後の最後に、忘れていた夢を語らせてください。ロベレ将軍の例で言いたかったのも、政治の世界にこそ必要な理想・夢を実現する勇気が私には欠けていたということです。或る私の友人の受け売りですが、スペインの哲学者ウナムーノは、生きるとは自分の小説を書くことだ、と言いました。昨今の政治家は、この私を含めてなぜ小粒になってしまったのか。それはこのロマン、理想主義が消えてしまったからではないでしょうか
 昨今の政治は、卑小な現実に足を引っ張られてばかりの糞(失礼!)リアリズムにまで堕落してしまいました。もちろん政治はしっかりと現実に立脚しなければなりません。しかしその重い現実を持ち上げるには、強力かつ持続的な理想主義がなければかないません。現実政治の実態は、皆さんの目に届く国会中継を見ていただければ一目瞭然です。昔は、国会でも夢が語られました。政治家に夢を育む力があったからです。でも今は与党の私たちも、対立政党の議員の中にも、国の未来を描こうとするロマンが一かけらもありません。いやそんなこと評論家面して私が言うべきことではありませんね(そうだそうだという声、場内にこだまする)。急いで本題に戻ります。
 いまとつぜん「狭い日本、そんなに急いでどこに行く」という昔の交通標語が思い浮かびました。そうです、こんな狭い列島で、原発を作るなどどだい愚かな話でした。事故が起こっても、大陸だったらいくらでも逃げ場所があります。でも狭い日本には避難場所がありません。福島市や郡山市の小学校の話はさすがに私も胸が痛みました。それでこんなことを考えました。思い切って言いましょう。これから先、明らかな因果関係が証明されなくとも、甲状腺ガンなど将来起こるかも知れないあらゆる放射線被害に対して、無条件に国が全責任を持つことを宣言します。辞めていく首相にその権限も資格もないことは分かってます。しかしこうして国民の皆様の前で、首相在任中の男が公に宣言したことは、たとえ法律的に無効だとしても、国民の皆さんのお力添えで、以後隠然たる効力を発揮し続けることを願ってやみません(ここでコップの水を一口、そのついでに目の端に溜まった水もさりげなく拭く)。
 そのためには、現在日本が保有するすべての叡智を結集して、放射線被害の治療に必要なあらゆる手段開発に全力を傾けます。申し訳ありませんが、さしあたって必要性のない宇宙開発事業への出費などは凍結します。その代わりに将来必要となる病院や保養施設などを整備していきます。悪評高いカンポの宿などは真っ先にそのために整備し直します。万が一、つまり幸いにも、将来そんな施設が不要になった場合はどうするか、ですか? もちろん今後の日本が目指すべき観光立国の資源としてじゅうぶん有効利用します。
 要するに、今国民の皆さんが不安に思っていることは、もし自分たちと子供たちに将来、放射線被害が発症した場合、その手当てを国が本気で考えてくれるんだろうか、ということだと思われます。過去、わが国は、国が推進した事業で起こったさまざまな問題への当然の補償を、長い間の訴訟を経てしか認めようとしなかった嘆かわしい過去があります。遠くは足尾銅山鉱毒問題、水俣病、薬害エイズ訴訟、そしてB型肝炎訴訟…もうこんな愚かしいことは繰り返しません。原発事業は明らかに国策でした。ここから起こった全ての問題に対して、国は全面的に、いかなる例外もなしに、完全補償の義務があることをここに明言いたします。
 万が一将来、わが子に、なんらかの病気が発症したとしても、完全な体制のもとで完全に治るまで、ゆったりとした施設で治療を受けられ、そこには小規模ながら優秀な先生方が教える施設内学校や娯楽施設があり、休日には泊りがけで親御さんたちが訪ねることもできるなら、今お持ちの不安はかなりの程度まで軽減されるのではないでしょうか。もう0コンマ・いくつのマイクロ・シーベルトの違いに神経を尖らすことも無くなるでしょう。
 私は首相として、この原発事故被害に対する遺漏なきセーフティー・ネットを約束するものであります。そしてついでにお約束します、わが国の自衛隊は漸次、災害派遣隊に、そして国際救助隊に…えっ時間が来た、いやだってまだ途中…やめてよ暴力を振るうのは…
(会場騒然の中、数人の屈強なガードマンによって首相は壇上から引き摺り降ろされる。テレビ画像が乱れ、あとは砂嵐が…)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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幻の総理記者会見 への2件のフィードバック

  1. 松下 伸 のコメント:

    グラックス兄は、民会で撲殺されました。
    元老院の貴族と暴徒に。
    菅さんは、ずいぶん変わってしまいましたが、
    日本の元老連(ナベツネ、モリ、オザワなどなど)と、
    いま、つばぜり合いなのですね・・
    情況からは、まだ護民菅か?
    「初心忘るべからず」
    市民が、後世が、歴史が・・見てます。

                    塵(援)

  2. かとうのりこ のコメント:

    本来の現首相なら、これぐらいの演説も夢ではないはずですが・・・
    かつての枢軸国ドイツに続きイタリアも脱原発に舵を取ったようですから、
    ここは日本も国際原発推進連盟から名誉ある脱退をして同調してほしいものです。
    ・・・ふざけすぎたコメントですみません。

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