あゝこの無神経さ!

ひさしぶりに、わが瞬間湯沸かし器が沸騰した。いや沸騰自体はいわば持病みたいなもので、むしろ恥ずかしいことなのだが。
 津波被害が甚大な被災地であったことは間違いないが、どこの町だったか、見そびれてしまった。別に調べるまでもないだろう。なぜなら、いま問題にしたいと思っていることは、どこでも、この南相馬でも起こりうる、いやすでに頻繁に起こっていることに違いないからである。つまり震災後、三ヶ月が経って、まだ行方不明の家族がいる人たちについてのリポートである。今回、遺族年金や労災保険の遺族補償の支給を早めることが狙いで、行方不明者の家族からの申請を前提に、現行の「災害から1年」が「3カ月」に短縮されたのは当然の処置だが、役場でのその申請受付の場面に大いなる疑問というより、むしろ怒りを覚えたのである。
 まだ肉親の遺体が見つからない人にとって、申請をすること自体が、すなわち事実上その肉親の死を認めることになる。だから申請にあたっては大いなる逡巡と苦しみがあったはずだ。そういう事情を考慮すれば、申請はできるだけ速やかに、しかも簡潔にすべき、というか身元確認が終わった時点で、くだくだしい説明やら「調べ」などしないで手続き完了とすべきではないか。
 もちろんときにはこうした申請に不正があったり手違いがあったりする。しかしこうしたとき、愚かな役人(もちろん賢い役人もいる)がすることといえば、その不正を基準にしてハードルを高くすることしか考えつかない。それはちょうど学校で、一部の問題児に合わせて、やたら校則を厳しくするのに似ている。これをやると、良質の生徒までもやる気を失わせ腐らせる。
 たとえば消防署や警察署で遺体捜索の手がかりを探しての質問なら意味があるが、補助金交付の申請時に詳しい「調べ」はまったく意味がない。つまり、申請者の身元がワレているのだから、たとえ後から不正が見つかったとしても、その時点で返還を求めれば済むことだ。いやそもそも、不正なことを企むやつは、そんな素人刑事を騙すくらい朝飯前だ。たとえば善良この上ないこの私(?!)でも、いくらでも騙せられる。
 「えっ家内を最後に見たのはいつ? それならはっきり覚えてます。避難所に行こうとして、二人で玄関を出たとたん、あっ父さん、たいへんな忘れ物したわ。私が、何を忘れた?って聞くと、父さんの入れ歯、茶箪笥の上、って言うもんですから、そのとき初めて自分に入れ歯が無いことに気付きました。慌てて家を飛び出したんですから無理もありません。それで、いいよいいよそんなもの、って言ったんですが、いいから父さん、先に行ってて、あとからすぐ追いかけるから。で少し歩き始めたとたん…それが家内の姿を見た最後です(ここで涙をぬぐう)…ええ、先ほどからフガフガしてるのは入れ歯が無いからです、はい…」
 話してるときの目を見れば嘘を言っているか本当を言っているか分かる? あんた、自分を何様と思ってんの? 刑事とちゃうよ、市民のために専心努める公僕(あゝ今じゃ死語になったか)とちゃう?
 いずれにせよ、ひとを端から疑いの目で見るその目つきがキライ。ついでに言うけど、郵便局であのゆうメールを出す瞬間がイヤ。「中は本だけですね? 手紙など入ってませんか?」「入ってません。ほらそこにちゃんと覗き窓作ってるでしょ」
 でもぶっちゃけた話、万が一、そこにたとえば書き足りないほどの思いをこめたチョー長文のラブレターが入っていたとして、それがだれかの、あるいはお国の害になるっちゅうんですかい? 国民のたれべえさんが同じく国民のたれ子さんを深-く愛してるという、なんともめでたい話とちゃう? 少子化のこの国に、もう一人可愛い国民(小国民とちゃうぜ)誕生の可能性を秘めた貴重なラブレターかも知れないのでは? でも郵便局はいまは民営? いやいや、震災直後の対応は、むかしと同じばりばりの国営企業みたいだったんよ。
 いずれにせよ、今年は新生日本元年と心得て、あんじょう国民の世話しておくれやす(あらら、なんで関西弁になったり京言葉になったりするんだろこの人)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

あゝこの無神経さ! への2件のフィードバック

  1. Gonzalo Robledo のコメント:

    Apreciado Profesor Sasaki, mi nombre es Gonzalo Robledo. Productor y Periodista. He estado siguiendo con interes su blog y quisiera entrevistarle para un documental que estoy preparando sobre Fukushima y la actual crisis para la television de Espana.
    Le pediria por favor enviarme una direccion email o un numero de telefono para contactarle directamente.
    Gonzalo Robledo
    PRODUCER/JOURNALIST

  2. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    Perdon! Ahora mismo me di cuenta de su mensaje .
      mi telefono ************
    movil **************
    y la direccion de mi e-mail es fuji-teivo@nifty.com
    Yo tambien quisiera tener contacto con Ud. Hasta pronto!

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