今また怒りが…

たまたま夕方見たNHKテレビで、久し振りに快哉を叫びたくなるようなことが報じられていた。原発事故現場から21キロ地点、つまり一昨日まではここ南相馬市と同じく緊急時避難準備区域であった川内村の一人のお百姓さんが、国や役場の方針に逆らって米を作っているというニュースである。もちろん食べたり売ったりするためではない。何の見通しもないままにただ作付けを禁止するだけのお上のやり方に抗議して、先ずは作って、そして収獲された米にどれだけのセシウムが含まれているか自分の目で確かめるためである。
 先日の「こころの時代」で紹介された清水初雄さんと同じように、農民としての誇りを忘れない気骨のある人がここにもいた。今度のお百姓さんの名はたしか秋本吉誉さん(68歳)。江戸時代から五代続いた農家で、かつて皇室にも献上された米を作ったほどの名人。飼っている牛の糞を一年寝かせて作った有機肥料にこだわってきたことでも分かるように、その米作りへの情熱は半端じゃない。5月15日に植えた苗(ひとめぼれ)はいまや立派に稔っていた。彼にとって、今年一年を米を作らないで過ごすことなど、まったく考えられないことなのだ。雑草が生えるままに放置された田が再び米を作れるようになるためには、たとえ数年後に作付けが許可されたとしても、それからさらに数年を要するという。そこらあたりのことを国が考えているとはとても思えない。
 秋本さんの言葉で印象的だったのは「自分のことは自分で考えないといけない」だった。そう、国が考えてくれるはずもないのだ。
 実は今日の午後、ばっぱさんが世話になっていた施設からまた電話がかかってきた。その後どうなさってますか、と近況の問い合わせだったが、もちろん準備区域指定が解除されたいま再開を模索しているのだろう。相手が若い女性スタッフだったので(今まで聞いたことのない名前だった)口まで出かかった言葉を辛うじて呑み込んだが、やはりどこかおかしい。お米に対する秋本さんの愛情を知ったあとでは、なおさらそのおかしさが際(きわ)だった。相手はお米ではなく人間、それも人生の最後の日々を託された老人たちなのだ。この施設だけでなく、他の多くの施設が国の指針にいとも簡単に靡いて老人たちの世話を放棄したのだ。特に南相馬市原町区の場合、ほとんどの施設は、大地震や津波の被害もなく、電気や水が止まることもなく、続けようと思えばいくらでも続けられたのに、である。確かにスタッフの中には、津波被害などで家族と一緒に避難した人もいたろうが、全部ではなかったはずだ。
 国の指針に逆らって施設を続けていたとしても、秋本さんがそうであったように、役人から嫌味の一つ言われるか、最悪でも補助金交付の停止を脅されるだけで、いくらでも切り抜けられたはずだ。いや現に私たち夫婦の場合だって、要介護者は区域内にいないようにと文書では脅されたが、こちらがそれに応じなくとも実はどこからも何のお咎めを受けなかったのだ。
 徐京植さんとの対談でも言ったが、日本社会は法治国家として実に模範的な国だが、非常時になるとこれほど非情な国も珍しい。つまりそれは国の指針に、たとえそれが不適切だったり間違ったものであったとしても、実に従順に従う国だからだ。ということは、国が戦争へと傾斜を深めていくときであってもあからさまな抵抗もせず、唯々諾々とそれに靡く精神的風土であるということだ。
 秋本さんの家族は、今は年老いた母と奥さんの三人暮らし。二人は二ヶ月前に避難所から戻ってきたそうだが、そのお母さんの笑顔が実に印象的だった。いやー家はいいど、何より心が休まる、というその老婆の幸福そうな笑顔を見て、もう一人のお婆ちゃん、あの南相馬の「おはかにひなんします」と書き残して自殺したお婆ちゃんのことを思い出した。
 間違った国や行政のミスリードで、いったいどれだけの老人と病人が死に、そして病勢をつのらせたか。もうだれも敢えて問題にしなくなったが、その罪は実に深い。今また考えるたびにじんわり怒りが込み上げてくる。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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今また怒りが… への2件のフィードバック

  1. ヤドリギ金子 のコメント:

    国家の一方的過ぎる(場当たり的!)政策に抗し、一個の人間しての尊厳を貫こうとする気概がこの私にどのくらいあるのか?と猛省させられます。
     

  2. 田渕英生 のコメント:

    じつは南相馬にも稲作をされている方は何人もいます。

    市内を車で走り、ネットで調べ、紹介もしてもらって6カ所確認しています。
    僕が確認した以外にも何人かおられるようです。
    その中の4人にお話を聞きましましたが、皆さん専業農家として頑張って
    きた方々です。

    その中の二人は津波にやられながらも前を向いて頑張っておられます。

    自分のなすべきことを真っ直ぐにやり続ける方はかなり多いのではないか?
    農家に限らずかなりの方がそうなのではないか?

    半年たった今、そんなことを感じます。

    先週また南相馬を訪れ小学生から高校生の子供達に会いました。
    (自分の企画ではなく他の映画関係の方々の案内でしたので
    時間がとれずお会いできませんでしたが)

    子供たちは大変な状況の中から、しっかりと自分がなすべきことを考え
    そこに向かって歩み始めたように感じました。
    高校生の中には、物流関係に進みたい、あるいは医療や政治関係をやりたい
    という考えを持った子達があらわれていました。
    そして自分たちより放射能の影響が大きい小学生、中学生のことを
    気遣っていました。

    希望の光、というか、未来への芽は発芽し始めている、
    そんなことを思っています。

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