恥も外聞もなく

少し遅い時間の散歩になった。美子と夜の森公園に来るのは何日ぶりだろう。歩行が覚束ないので、散歩は無理かなと思っていたら、さわやかな秋の涼気の中で、美子もこころなしか調子が出てきたようだ。車を降り、ゆっくりと坂道を登っていく。手を握り、腕をぴたり脇腹に密着させるようにしてやれば、体が安定して歩きやすいようだ。いつも坐る木陰のベンチではなく、今日はいつも日が差している方のベンチにした。四時近く、はや夕方の気配が漂い始めている。
 そういえば数日前から冬用の掛け布団を使い始めた。陸奥(みちのく)の秋は驚くほどの速さで深まっていく。
 この清涼の空気はどうだろう。歌の一つや二つ歌いたくもなる。演歌を歌うわけにもいかず(だいいちまともに歌える曲はない)愛によく歌ってやっていた「夕焼け小焼け」を歌ってみる。美子が笑う。美子も歌えるでしょ、と言うと小さく笑った。へー最近にない反応だ。同じメロディーを繰り返し歌っていると、抑揚はないが歌らしき小さな声が聞こえてくる。へー、歌おうとしてるんだ。
 ところで先ほどから、出掛けに受け取った地元の九条の会からの二つの署名運動の報せのことが気になっている。一つは、総理大臣と東電社長宛の要求書で、平常時の一般人の被曝限度量が年間1ミリシーベルト(一時間0.114マイクロシーベル相当)以下になるよう除染し、子供たちが安心して暮せるよう対処することを求める「要求書」。もう一つは福島県知事と南相馬市長対して上記の作業を早急に実現させるようにとの「要望書」である。
 誠にもっともな要求であり要望である。何の異論もない。ただ今回は、なぜか署名をためらっている。いつか積極的に応じるときが来るかも知れない。そうあって欲しいとさえ願ってもいる。しかし今回はたぶん応じないであろう。
 先日、日本郵便などに対するメール攻勢がどれだけ骨折り損のものであったか。それに反して、一政治家の鶴の一声がいかに即効効果を持っていたか、について書いたおりにも、署名の無力さに言及していた。効果はともかく、こうして一致団結する意味はあるのではないか、と反論されそうである。それに対しても抗弁するつもりはない。
 だがそうした平常時での、つまりいかなる風圧もないところでの一致団結(らしきもの)がいかにもろいものであるか、震災直後の体験を忘れるつもりはない。お前はいつまでそんなことを根に持っているんだ、言われれば、それに対しても抗弁するつもりもない。さはさりながら……
 実際のところ署名運動にどんな効果があるのだろう。たぶん受け取った側ではそれに眼もくれない可能性大であろう。署名者の顔や肉声は見えも聞こえもしないであろう。結果そこにあるのは何千人、何万人という数量化された紙切れであって、そこに署名した何千人、何万人かの意志の総量として重く受け取られることはほぼないであろう。そこに意志の総量を認めるほどの政治家なら、署名がなくともすでに市民たちの意志や希望を察知しているに違いない。喩えて言えば…おっとそう言ってしまえばあまりに残酷。
 清水さんや松本さんや、そしてこれまでの貞房さんのように、黙々と不服従の姿勢を貫きながら、いますべきことを執拗にやり続けよう。そして機会あるごとに「平和菌」をばら撒いて歩こう。
 先日、ある人から、あなたの口からグチや泣き言めいた言葉が出てくるとは思わなかった、と言われた。それに対してはこう答えた。それはあなたの買い被りというもの。私はこれまで愚痴を言いたいときには言い、泣き言を言いたいときには恥も外聞もなく言ってきた。男らしくない? いやいやべつだん私は男を「売り」にするつもりなぞこれっぽっちもない。私はむかしから、高倉健さんのような、「男は黙って背中で勝負」(なんて言い方ありましたっけ?)は苦手で、というかもともとそんなことを真似する気もなく、泣きたいときは泣き、怒りたいときは怒ってきた。背中でなんか勝負せず、面と向かって喚き、怒鳴り、そして時には泣き言を言ったり、人からは醜いと思われる弁解さえしてきた。
 むかしから私の大好きな言葉は、「無理すんなよー、ムリして死んだ奴がいっからなー」であり、「一回限りの人生、後から悔やまないように、その時々、精一杯生きていくべ」だ。なに、矛盾してるって? んだべなー、でも矛盾こそ人生だべー

アバター画像

佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

恥も外聞もなく への1件のコメント

  1. 松下 伸 のコメント:

    Sさま
    申し訳ない。
    「アメイジング・グレイス」の歌詞。
    和訳は、「善人云々・・」ではありません。(本田美奈子唄)
    原文の歌詞が、親鸞の悪人正機説の詞章に、
    よく似ている、と思いました。(英語の原文はすぐ検索できます)
    崇高な精神とは、洋の東西を問わぬモノ・・
    と考えた為、あのような投稿となりました。
    「往生を遂ぐ・・」でなく「救われん・・」としたのは、
    仏臭が大げさに思えた為、意訳のつもりでした。
    短い文章が好きですが、
    舌足らずの誤解も与えていそうですね・・
    気をつけます。

                        塵(冷や汗)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください