フランス原発事情(その二)

事態は円満解決に向かうわけでもなく、相変わらず不透明なまま推移していく。しかし今さら言うまでもなく、人生そのものがすべてにわたって事態改善への兆しすら見せずに、情け容赦なく、有無を言わせず、納得いかぬままに推移していくわけだから、なにも今さらボヤイてみても始まるまい。愚痴を言うのは止めよう。ちょと前に書いたような気もするが、こんなとき大きな声を出しながら溜め息をつくことが、精神衛生上効果がある。そう、体に溜まった邪気を追い出す効果である。ただしこれは他人が聞こえぬところ、それが無理ならせめて布団を深く被ってやらなければ、周りの者を驚かすことになるから注意が必要である。
 それでは昨日からの南仏通信を続けよう。

 「…最近二つの事件が起きました。はじめの事件は、一人の男性がハングライダーで原発敷地内に着地したこと。そしてその数日後、グリーンピースのメンバーが軽飛行機でリオン近くにある原発の上空まで行き、パラシュートで原発の敷地内に同じ様に着地しました。もちろんこの二人はただちに逮捕されましたが、この二つの事件はフランスで大きな話題になりました。
 そしてさらにもう一つの事件が起きました。またまた一人の男性が、ハングライダーで原発付近をフワフワ飛んでいたところ、あっ!という間にジェット機が飛んで来て、その男性も逮捕されました。でもこの人は一般市民で、長い時間取り調べられたあと釈放されました。こちらの事件はちょっとした笑い話みたいな感じで受けとめられています。
 今年に入ってからは、もう地震のこと、津波のことは聞かれません。その代わりに時々、思い出したように「福島はどうですか?」と質問されます。私は「政府が何もしないから変わっていない。でも個人的にすごく頑張っている人たちはいますよ」と答えます。本当はもっとちゃんと答えなければいけないのかもしれませんが……
  最近、二人のフランスの方と話しました。ひとりの人はブルゴーニュに住んでいる人で、今度は私が質問してみました。「福島のこと、原発のことどう思いますか」と。すると彼は「福島原発が事故を起こしたのは津波が来たからで、フランスの原発は大丈夫だ」と言われました。
 もうひとりの人。コルド (Cordes) に一人の画家がいます。友人です。彼の個展を日本で開く準備を今しているのですが、「出展作品はもう戻してはもらえないのではないか?」とすごく、本気に心配していました。私も夫も唖然として、しばらく言葉が出ませんでした。やっと「そんなことないよ。世界から色々なアーチスト来ているのだから」と答えました。
 この二人の言葉から感じたのは、彼らは間違った情報を信じてしまったのではないかということです。日本政府は正しい、きちんとした情報を世界に伝えてないのではないかと思いました。福島についてのまちがった情報がまだフランスにはあるのではないかと思います。
 福島のことはすべて日本政府のおろかさのせいだと思います。どんなに考えても悔しいです。何故すぐに、本当にすぐに最善の対策をとらなかったのか、と。たくさんの人たちの苦しみと悲しみ、二十キロ圏内の動物たちの悲惨さ。なぜ動物たちは殺されなければならなかったのでしょう。何故必死に動物たちを助けようとしていた人たちを援助出来なかったのでしょう。
先生のモノディアロゴスを読んで、たびたび悔しくて泣きました。日本はほんとうにくだらない国になってしまったのでしょうか。私の愛する日本。早く帰りたいと願っている日本。先生のような方がたくさん集まって、少しでも良い日本に生まれ変われますようにと私には祈るしか出来ませんが、やっぱり福島のことを考えると悔しくなります。
 先生のご本や太田康介さんの本などが世界中で読まれると、少しずつでも世界は良くなるのではないかと思います。翻訳の件、私のまわりには適任者が見当たりませんが探して見ます…」

 ありがとう K. H さん、また南仏通信をお寄せください。ところで最後のところに出てくる大田康介氏は『のこされた動物たち 福島第一原発20キロ圏内の記録』のカメラマンらしい。切なくて敢えて見る勇気が無いが、皆さん機会があればどうぞご覧ください。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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フランス原発事情(その二) への1件のコメント

  1. 阿部修義 のコメント:

     K・Hさんからの南仏通信を読んでいて、「日本はほんとうにくだらない国になってしまった」という言葉が鋭利な刃物で突き刺されたような衝撃とこれが今の日本の真実なのかもしれないという寂寞な思いとが錯綜して心に何とも言えない違和感を覚えました。「こころの時代」に出演された時の先生の言葉を覚えてます。「日本の社会というのは、平常時では非常に良い社会ですが非常時になるとこれほど非人間的な国はない。法律というものは末端に来ると非情なものになり、国民を守るものから国民を監視するものになる」。「くだらない国」という言葉に私が衝撃を感じたのは、この二つの顔を持つ日本に対するピッタリな表現だと思ったからなのかもしれません。口から出た言葉には意志は必要ありません。それを実行し行動する時に、初めて意志が必要になってくるわけです。先生が「頑張れ日本、頑張れ東北!ちょっと、待ってくれよ」と言われた意味をK・Hさんの言葉から悟らされたように思いました。

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