異端の森に彷徨う

今日も昼前ごろからだったと思う(はや忘れている)、実にいい天気になってきた。といってどこに出かけるでもなく、ただ気分だけは明るくなった。このところ「狂ったように」暇を見つけては装丁の仕事をしている。仕事といえるほどのことでもないし、べつだん建設的なことでもない。まただれかが喜ぶでもないし、そのまま腐り果てていく本たちにつかの間の晴れ着を着せてやるだけのことかも知れないが、もう意地になって頑張っている。 いま手がけているのは、スペインの、確か今はつぶれてしまった出版社エディトーラ・ナシオナル(「国民出版社」などと大きく出たから失敗したのか)が1975年から1983年にかけて出版した、第一期25巻、第二期26巻、合計51巻もの「スペイン幻視者・異端者・アウトロー叢書」である。念のためネットで検索すると、ガリシアの公立図書館(?)にはこの叢書のうち2冊しか収納されていないとかで、今では希覯(きこう)本になっているのかも(そんなはずはない、と思うよ)。
 実は今回は装丁といってもすでに2冊から3冊を合本にしたものの背中に異端叢書らしく黒地の布をあてがい、見えにくくなった題字を新たに印刷して張り付けるだけの作業である。もともとは薄手の紙表紙であったものに、小学館の『原色日本の美術』の箱を解体して作った厚紙で補強してあり、仏像や仏閣の写真とスペイン異端思想が不思議なコントラストを見せている(だから今回はあえて布表紙にはしなかった。布地を惜しんだわけではない)。
 しかしこれはいつの作業だろう。中に静岡の谷島屋の栞が入っていたので、その第一次作業は1984~89年の静岡時代のものらしい。こう考えると、装丁の仕事も年季が入っているわけだ。
 さてどんな本が含まれているか、今日はともかく第一期のラインアップを紹介しよう。ふつうスペイン語図書はそのまま原語のタイトルを背に貼り付けるのだが、この叢書には原題をそのまま翻訳したのではなく、かなり省略というか大雑把な訳をつけている。しかもしっかり内容を把握した上での訳ではなく、中にはかなりいい加減なものもありそうだ。

  1. 論述とカノン
  2. スペイン騎士道精華
  3. カスティーリャの叛乱
  4. 予言
  5. モリスコ
  6. サクラモンテの遊び
  7. キリスト教と背教
  8. フエンテオベフーナの騒乱
  9. カディスのノリカ小母さん
  10. 異端審問と焚書
  11. 啓蒙期スペインのユートピア思想
  12. 立体をめぐる論考
  13. 相観(フィシオノミア)
  14. 十八世紀スペインのジプシー
  15. ビリェーナと三つの論考
  16. 十七世紀スペインの社会主義
  17. 宝石の魔力
  18. 異端審問と近代科学
  19. 天文学と錬金術
  20. 血塗れの妖怪たち
  21. ヘラクレスの洞窟とトレドの魔宮
  22. 詩篇第一注解、無神論者哀歌
  23. 救世主来臨第三部
  24. 霊的・道徳的概念 
  25. 教義をめぐる対話、

 つまり10冊の合本にまとめられたわけだ。そして以上の題名だけから判断しても、この叢書が確たる編集方針の下に企てられたものでないことは明らかである。簡単に言えば手当たり次第集めたものであろう。これに続く第二期についても、途中から次第に明確なヴィジョンができて企てられたものとも思えない。第一どこを探しても、ふつうはあるはずの編集方針の説明は見当たらないのである。
 ただし著者や解説者には、かなり有名な人も混じっているし、肝心の文献そのものはかなり面白いものが入っている。
 スペイン思想、ましてや異端思想などに興味も関心も無い人にはどうでもいいことを長々と説明をしているようだが、要するに…いややっぱり興味の無い人には…でも私は誰のために書いている? 申し訳ないけれど、自分自身が必死に生きていくための、いわば先導役、アンテナ、つまり触覚を伸ばすようにして書いているのではないの?…それは分かる、でもそのことと今日の異端叢書とどうゆう関係?
 いや前にも言ったと思うけれど、もはや遠い国を訪ねたり(たとえば中国やスペイン)、あるいはかつてのばっぱさんのように国内の名所旧跡をたずね歩いたりもできないし、かといって何かスポーツをやって気晴らし、あゝそうだ今日夜の森公園下のテニスコートで誰かが乾いた音を立ててボールを打っているのを見たとき、美子とそのうちここのコートを借りてテニスでもやりたいね、なんて言ってたことを不意に思い出して、あゝあの時一度でもやっておけばよかった、と思って寂しい気持ち…
 おいおい湿っぽい話はやめてくれよ。ともかくだね、この橋本町の家を終生離れずにだね、、ちょうど昆虫が巣穴にこもって、内部から唾液かなんかで周囲の壁を塗り固める具合に、いまある本を毎日少しずつ、死ぬまでゆっくり、世話をしてさ、興が湧いたら始めから終わりまで読み通すなんて考えずに、そのページのあたりをゆっくり味わいながら読んでさ、さらに興が乗ったら、だれかのためにささやかなチチェローネ(道案内)を書きながら、残された時間を美子の側で過ごしたいと思ってる…
 そう考えると、今日の異端叢書など、いつか時間を見つけてゆっくり彷徨うには格好の本の森と思ってるわけさ。だれか興味ある人ついて来て。興味ない人はまた別の日に来てみて…

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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異端の森に彷徨う への1件のコメント

  1. 阿部修義 のコメント:

     何故か「異端叢書」がモノディアロゴスのように私には思えてしまいました。『モノディアロゴス』の中で先生がこんな事を言われてます。「日付と題辞と内容の三つがかもし出す、というよりそれらの齟齬が作り出す意表外の結果が、実はもっとも大きな成果だったかも知れない」。2003年7月4日「一周年まぢか」。

     先生のモノディアロゴスも2002年7月8日から始まって10年に到達され11年目に向けスタートを切られました。凄いというより素晴らしいことだと思います。

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