そういうものだ

*文末に大事な追加があります。

疲れと寒さのダブルパンチか、ここ四、五日ほど腰痛に悩まされている。腰痛といってもギックリ腰のような痛さではなく、上半身をある角度に曲げたときにピリッとくる痛さ。でもこの微妙な痛さが何とも煩わしい。いっそ激痛が走ったほうが……いや、やっぱりそれは困る。
 こういう時だからと、いわば気散じにヴォネガットやブラッドベリのものを読んでいる。ブラッドベリのものは題名に引かれて『社交ダンスが終った夜に』(伊藤典夫訳、新潮文庫、2008年)という短編集だが、最初のいくつかを読んでみたけれど、いまひとつピンとこない。持ってるだけでまだ読んでいない『タンポポのお酒』(北山克彦訳)、晶文社、1991年、55刷)の方が面白そうだ。
 でもヴォネガットの方は期待にたがわず面白い。『スローターハウス5』(伊藤典夫訳、ハヤカワ文庫、2007年、22刷)は自身の戦争体験を「食肉処理場」という物騒な題名のもとに、絶えず時間軸をずらしたり飛ばしたりして描いているものだから、慣れるまでちょっと戸惑ったが、次第にはまってしまう面白さがある。そして場面と場面を繋ぐ呪文のような言葉がたいそう気に入った。「そういうものだ」である。原語では “So it goes.” らしいが、ネットで調べるとこれが何回使われているか数え上げている物好きがいた。103回だそうだ。なるほど、そういうものか。
 なぜこの言葉が気に入ったかというと、わが「平和菌の歌」のリフレイン「ケセランパサラン」と見事に重なっているからだ。Qué serán, pasarán の後に続く como pasarán は私がくっつけたものだが、全体の意味は、「どうなるだろう? まっ、なるようになるさ」となり、「そういうものだ」と同じメッセージを伝えている。つまりそれはけっして投げやりでペシミスティックな意味ではなく、こんな理不尽なことがまかり通っている世の中だが、でも慌てまい、へこたれまい、だって地道に努力していれば、いつか正道に戻るはず、だじろがず、絶望せず、今できることを「しっかりまじめに」やっていこう、というしたたかな気骨を示しているからだ。
 ちなみに「しっかりまじめに」という言葉は、2011年7月30日、奥入瀬(おいらせ)でのばっぱさん最後の誕生祝いの席での短いスピーチを、従弟の御史さんが記録したものの中にあった文言、いわば遺言である。歌詞「カルペ・ディエム」の中にも再録しておいた。

* さすが現役の英米文学教授、立野さんが素晴らしい情報を送ってくれました。つまりヴォネガットの主人公の名はビリーですが、同じビリーでもビリー・ジョエルという実在の歌手に So it goes という曲があり、またもっと古くは人気歌手ペリー・コモの、やはり同じタイトルの歌があるそうです。そしてついでに Let it go が思い浮かび、次にごく自然にポール・マッカートニーの Let it be が思い出された、と言ってきました。
 もちろんすべては別々のものですが、しかし立野さんの言うように、すべてに共通して、「あきらめによる現状肯定や現実追随ではなく、あきらめないエンデュアランス、したたかなオプティミズム」で響き合っています。
 新しい現実が見えてくるのは、このようにそれまでばらばらだったものが、ちょうど一気に磁気が作用して一点を、思いがけない現実を、そして世界を、指し示すからだと思います。十六世紀のバテレンの謎めいた言葉が五世紀後のこの益体もない時代に突然の光と、そして希望を与えてくれたわけです。さあ、皆さんもことあるごとにケセランパサランと唱えて勇気を出しましょう。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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そういうものだ への1件のコメント

  1. 阿部修義 のコメント:

     無理が通れば道理引っ込むという言葉がピッタリなような時代に日本はなっているように思います。沖縄基地問題、原発再稼働などまさにそういう様相を呈しています。その土地に生まれ、その土地で育った人たちのことは国防と国益のためには犠牲になってもらう。自分に痛みがなければ他者の痛みは考えない。しかし、先生が言われている通り、道理に合わないことが長続きすることはありません。先生の言葉に「気骨」とありましたが、それは人間の根幹であり、人格の第一次的要素なんでしょう。今の日本人に全く欠けてしまったものだと自戒を込めて感じています。

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