久しぶりにスーパーに出かけ、あらかじめ小さな紙に書いておいた品々を買い、自動支払機で会計を済ませ、外に出て数歩あるいたところで、どこかのおばちゃんに呼び止められ、これ忘れてましたよ、と中身の詰まったレジ袋を渡された。そのとき手に持っていたのは美子のためのアクエリアスと私のためのCCレモンのペットボトルの入った布袋だけ。つまり買い物の大部分が入ったレジ袋をカートの上に忘れてきたらしい。慌てて御礼を言って受け取ったが、こんなポカは初めて。
でも伏線はあった。財布にあると思っていた万札が無く千円札が二枚だけなので小銭入れの中の銅貨を全部硬貨入れに押し込んでやっと支払いができたことで、いささか動転していたからだ。つまり家を出るとき財布の中の万札と千円札を見間違えていたわけだ。
しかしこの見間違えにも伏線があった。昨日からウナムーノ論の再校ゲラ見直しで頭が三角になった状態で買い物に出たからだ。要するに頭の切り替えが以前のようにスムーズにいかず、ちっちゃなことでも気になったまま尾を引いてしまう。情けないが、これが歳を取るということだ。
こんな時はバカ話をするに限る。そういうわけで、今日も昭和の流行歌がらみの冗談をいくつか。
石川さゆりが歌う「津軽海峡・雪景色」(阿久悠作詞)で
上野発の夜行列車
おりた時から
青森駅は 雪の中
北へ帰る人の群れは 誰も無口で
というのがあるが、先日「襟裳岬」にいちゃもんを付けたときと同じことだが、「誰も無口で」のところで小言幸兵衛爺さんが待ったをかける。ここは「無口」じゃなく「無言」というべきだべ。んっ無言だと詩にならねえ。そうだべな、ちょっと言いにくいわな。でも俺の言いたいことは分かっぺ? つまりだな悪友、おっと違った阿久悠さんよ、おぬしはどこの生まれか知らねえけんちょも、他所者はいつも北の人は寡黙ときめつけっけど、実は北の人ほど饒舌な人いねえんだど。酒でも飲ませてみろ、とめどなくしゃべり出すから。青森駅で降りたときは、そりゃー疲れて口動かすのさえカッタルイべさ。無口って言えば、それ性格的のことだべ。つまり寡黙と同じに。ここにはピタッとはまらないけんちょも、正しくは「無言」だべ。
大川栄策という歌手、最近あまり見ないけれど、彼が歌う「さざんかの宿」、切なくて情けなくて、これぞ艶歌っちゅう感じで、わりかし好き。ほんとみじめったらしい歌詞。
ぬいた指輪の 罪のあと
かんでください 思いきり
燃えたって 燃えたって
あゝ他人(ひと)の妻
あの陽気なスケベの栄策ちゃんが歌うと、その惨めさが倍になって、ほんと泣きたくなっちゃう(まさか!)。特に「燃えたって」のところ。 つまり「燃えたって」の「て」がはっきり「て」じゃなく、「てぃ」と、まるで駄々っ子や甘えっ子の口調になっている。それにしてもよくもまあ他人(ひと)の妻に、なんと意地汚いこと!
そんなとき徳久広司が切々と歌う「北へ帰ろう」が心に沁みる。南と北、どちらにも行きたいけど、もう行けなくなったからなおさら、鮭が生まれた川に戻っていくように、どうしても北に郷愁のようなものを感じてしまう。
北へ帰ろう 思いを残し
北へ帰ろう 誰にも告げず
夜霧を踏めば ほろほろと
あふれる涙 とめどなく
表題にある「偏倚」という言葉で、「ある偏倚(2002年8月10日)」を読み返していました。
「決断の根底に、大よりも小を、晴れがましさより日の当たらないところを好む奇妙なバイアスが、島尾敏雄風に言うと偏倚があるのかも知れない。」
先生の「北」への想いは、そうしたものが根としてあるからなのかも知れません。帯広でのご幼少期、叔父さんたちの亡くなられた場所、そして中国でのお父様のこと。夕焼けが好きだと言われたことも、12月生まれの美子奥様のことも時間軸で考えると「北」を意味するようにも私は感じます。なぜか、先生の好きな句を思い出しました。
さびしさの底ぬけて降る霙哉 丈草