この猛暑の中で

先日アマゾンに注文したフェルナン・カバジェロの『ラ・ガビオータ』が二日と置かずに郵便受けに届いていた。注文するときに到着予定が28日か29日になっていたので、海外発注だから8月のことかな、と思ってよく見てみたら今月のこと。たぶん日本の中継ぎ店でたまたま在庫があったんだろう、それにしてもそんな古いスペインの小説など読む人が日本にもいたんだ、と変に感心した。ところが届いた本を見て、早く着いたわけが分かった。つまり日本のアマゾンで印刷製本したものだったのだ。オンデマンド方式というのだろうか。妙に便利になって味気ない気がしないでもない。
 ペーパーバックだが印刷も製本もしっかりしている。女主人公の芸名ラ・ガビオータが鴎を意味することから表紙絵に一羽の鴎が飛ぶ姿が描かれていて、それなりに形にはなっているが、A5判355ページの本にしてはやはりどこか安っぽい。それで先ほど暇に任せて(暇ならいくらでもあっとーっ!)豪華な茶色の布表紙に装丁し直した。
 でも自分でも自覚しているのだが、最近とみに記憶力が減退しており、なぜこんな19世の古い小説を注文する気になったのか、どうしても思い出せない。随分考えた末にようやくたどりついたのは、先日、スペインの出版社 Verbum(ラテン語で “言葉” の意)のサイトで次のような紹介文を読んで、ちょっと読みたくなったのである。

「小説はガビオータという美声に恵まれた一人の若い女の成功と挫折を描いている。彼女はマドリードやセビリアの舞台で大成功を収め、そして一人の闘牛士と恋に陥るが、彼は闘牛場で不慮の死を遂げてしまう。作家の本名はセシリア・ベール・デ・ファベル・イ・ラレア(1796-1877)。」

 父親はドイツ人の領事であったため誕生地のスイスで17歳まで暮らし、のち両親と共にスペインのカディスに移住。ペンネームはシウダー・レアル県の小さな町の名前で男の名前だが女流作家である。
 19世紀の女流作家といえば1979年に8ペセータの切手にもなったエミリア・パルド・パサン(1851-1921)が有名…ここで急に思い出したのは友人の大楠栄三さんから頂いていた『ウリョーアの館』(現代企画室、2016年)のことだ。急いで本棚から探して持ってきた。どうも読んだ形跡がない。こんな猛暑の中、十九世紀の二人のスペイン人女流作家の小説に出会ったのが運の尽きとあきらめて、少し読んでみようか。でもどちらから? そりゃ筋から言って、先ずは■さんの訳本からだろう。
 かくしてパルド・パサンの『ウリョーアの館』から読みはじめたのだが、達意の訳文のせいもあってなかなか面白そうな小説である。著者パルド=バサンは「女伯爵」という社会的身分への気兼ねもなく、自然主義をはじめとする文学潮流を熱心にスペインへ紹介し、独自の視点からフェミニズム問題、キューバ独立戦争などについて論じた作家である。しかしこの暑さの中、B6判410ページもの大作をはたして最後まで読み切ることができるだろうか。それが終わってから今度はスペイン語の『ラ・ガビオータ』が待っているというのに。
 正直言って自信がない。そうだこんな時こそ佐々木方式の読書術を実践しよう。つまり平たく言えば飛ばし読み、もっと詳しく言えば、時おりこれはと思う個所でゆっくり味わう、つまり味読する。
 ここで白状すれば、いま現在、目の前に五冊ほどの頂き物の本が積んである。いずれも友人たちの労作である。そうだ前述の二冊だけでなく、この際だ、全部を同時に読み進めてみよう。この暑さの中、もしかして結構な暑気払いになるかも知れない(それは無理ムリ!)。
 暑さといえば、昨日終わった相馬野馬追い(確か土地の人はオヌマオイと発音してたか)、今年も家に籠ったきりで見物に出かけなかった。いやその元気がないのだ。ところが我が盟友・西内さんはこの暑さにもめげず、関西からの客人たちを案内して、祭りの締めであり野馬追いの原型でもある小高でので神事・野馬懸(かけ)を案内してきたところだと、二人のお客さんを連れてきてくれた。会話に飢えた私にとっては願ってもない獲物(失礼!)、いつものように熱弁を振るう。しかもこの暑さの中でも平然としている西内さんに「この人はマムシでも焼いて食ってるのかやたら元気で」などと嫌味を言ったりして。


今日の教訓 残り少ない人生を気にするあまり、変に自粛しないこと。つまりこんなものを読んでいたら時間の無駄だとか、好奇心を野放しにせずすべきことだけに集中すること、など一見賢明な策と見えようが、実は先細りの愚策。道半ばにして斃れたっていいじゃない。美子と一緒に毎日を元気に充実させて生きよう。

※※ やたら長くなったついでに、今朝或る友人に送ったメールも載せちゃおう。

お早うございます。この猛暑の中、お変わりありませんか。当方おかげさまで皆元気にしております。
ところで今朝、呑空庵初台支部(?)の中野恵子さんが、「朝日」に例の写真の記事が出ているよ、と知らせてきたので早速拝見。そして中野さんに以下のように返事しました。
「お知らせありがとう。実は昨日、呑空庵仙台支部の中西圭子さんから、仙台の数人の信者さんたちが今回のことに関して教会がいいとこどりをして、教皇のメッセージ発信の切っ掛けを作った佐々木先生について何も言わないのは許せない、と怒っていると知らせてきました。それに対して、教会という組織はもともとそういう体質だよ、と慰めましたが今朝の朝日の記事に出てくるカトリック中央協議会の見解を読むと私にもふつふつと怒りがこみ上げてきます。
 ともあれ先日、こういう事態に業を煮やして北海道新聞の岩本記者がカトリック新聞に書いた記事を送ります。もしすでに送っていたならごめんなさい。」
 まあ中央協議会は今回の経緯を知らなかったんでしょう。ともかく、これは佐々木個人のことではなく、一人のはぐれキリシタン(?)が発信したメッセージをニコラス神父と教皇が温かく受け入れたわけで、これを素直に喜んだ方がいいのですが、彼ら(とは誰ら?)にはその度量が無いのでしょう。

嬉しいニュースを最後に。
 愛が所属する合奏クラブが一昨日いわきであった合奏コンクールで金賞を得ました。愛はトロンボーンを吹いてます。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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この猛暑の中で への4件のフィードバック

  1. 中野 恵子 のコメント:

    早速お取り上げくださいまして、ありがとうございました。
    中央協議会について、知らなかったこととはいえ?残念な気持ちを持ったのが私だけではなかったことに、意を強くしました。
    この経過について、歴史的事実として世に知らしめる必要性を痛感します。
    いずれ教皇さまの来日も実現するでしょうから~~。
    岩本記者の記事、メモ帖になっていて開けないのが残念!

  2. 中野 恵子 のコメント:

    愛ちゃん、金賞おめでとうございます!
    お暑い中、頑張って練習なさったことでしょう!

  3. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    中野恵子様
     北海道新聞の岩本記者は信者ではありませんが、たぶんカトリック教会関係者(とぼかすしかりませんが)の冷淡な対応に彼なりに義憤に駆られてカトリック新聞に寄稿したと思います。そしてそれを温かく迎え入れた大元記者のような人がカトリックの内部にも少数ながらいることに希望を持ちましょう。もう少しで八月九日、あの少年の悲しみに心を合わせ、核兵器であれ原発であれ全ての核利用の廃絶のために力を合わせましょう。
     岩本記者の記事は、このブログの上方にある「メディア掲載情報」で読めますからどうぞ。

  4. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    S様
     今日から頴美と愛は、仙台から飛行機で神戸に向かって四泊五日の旅に出ました。被災地の子供たちと父兄の慰安とあちらの子供たちとの交流のため、当地のカリタス南相馬のシスターたちが企画した催しで、総勢20名くらいでしょうか。昨年に続いて二回目です。来週の月曜に帰ってきますのでよろしく。

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