病室から(その二十八)あまりに悠長な

八月二十八日(晴れ)

 いま美子の昼食が終わったところ。今日も完食。ソファに坐って、「ピーナッツ入りかきっこ」というのを食べながらこれを書き始めたのだが、ふと袋裏の商品説明にある製造者の住所を見て急に懐かしくなった。広島市安佐北区可部南…カベ、もう四十数年前、長束のイエズス会修練院にいたころ、ときどき遠足(当時はラテン語でエクジトゥスと言っていた、つまりあの世に行っちゃうこと、死をも意味する)に行ったところだからだ。たしかそこに峡谷があり、その深い淀み近くで泳いだり弁当を食べたりした。時に流木につかまって川を下ったこともある。
 さて待望のコルセットだが、残念ながら今日は手に入らなかった。約束の九時ちょっと前に病室のドアを叩いたのは、仙台の義肢製作工業所から来たという若い男で、今日は仮合せで出来上がるのは来週の今日だと言う。えっ、今日もえらえるんじゃないんですか? よく聞いてみると作業自体は数時間でできるが、なにせ仙台から毎週一回しか来れないので来週になると言う。それに医者の方からは特に急いでという注文はなかったので、などと言う。
 やはり注意していないとこういう<流れ>になるんでしょう。いやそれは困る、第一リハビリはもう始まっているんで一日も早く仕上げて欲しい、と言うと、それでは来週の初めにでも郵送します、ということになった。一応その場はそれで終わって家に帰った。昨夜から愛の足が腫れて痛そうなので掛かり付けの小児科に行くので車を貸さなければならなかったからだ。
 しかしどう考えてもこの流れはあまりにも悠長すぎる。車が戻って来てから(幸い愛の足は蚊に刺されてアレルギー反応を起こしただけだった)病院に取って返し、主治医に掛け合おうとしたがあいにく外来患者の診察中。まっ詳細な経過報告は省略して、かいつまんで話せば、その後主治医から、相手方に電話をしてできるだけ早く仕上げて病院宛てに宅急便で送るよう指示したことを告げられる。信頼する医者や親切にしてもらっている看護師さんたちには申し訳ないけれど、今回のこと、つまりあまりに悠長なこと、にボクびっくりしちゃいました。
 午後、機種変更すれば基本料金が安くなります、という郵送されてきたパンフレットに釣られて、帰宅途中のAU代理店に寄ってみた。どのような仕組か分からないが、要するに毎月ほとんど基本料金内しか使っていない、たとえば私のような老人へのサービスなんだろう。実際に月々2,025円の基本料金が980円になり、いままで溜まっていた1,500ポイントで機種変更の割引が1,575円、結局5千円払ってこれまでより性能のよさそうな、しかもゴールドのケータイが手に入った。手に入った? むしろこれで結局は新しい料金吸い上げ方式に巻き込まれたのかも知れないが、でも私の不確かな算数能力から考えても損になる話ではないはずだが。でもいまどきの企業がそんな<慈善事業>をするのかしら? とあと数日で後期高齢者に編入される老人は疑心暗鬼なのであります。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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