対流圏から成層圏へ

先日はテレーザ・サルゲイロのCDが1円という冒涜的と言おうか、はたまたハレンチと言おうか、法外な値段で手に入って、それはそれでありがたかったが、昨夜、何気なく拙著『モノディアロゴス』をアマゾンで検索してみたら、な、な、なんと12冊もの『モノディアロゴス』が1円で売りに出ていた。ときおり「日本の古本屋」などで定価の半値位で出ていたのを見かけたが、まさかアマゾンで、いや正確に言うとそこに「出品」している他の古本屋がそんな値段で販売を依頼したのか。
 このあいだのCDも今回の拙著も、どうしてこんな値がつけられたのだろう。これがサギでもウソでもないのは、現に注文したCDが送られてきたことからもはっきりしている。送料・手数料に340円かかったが、それでも全額341円で手に入ったのである。どうもその仕組みが分からない。これがオークションの最初の値で、希望者が増えるにつれて値が上がっていくというなら話は分かるが、どうもそうではなさそうだ。
 で、著者としてこのまま放っておくには、可愛い自著があまりに可哀想である。かと言って、12冊全部を買い占めるのも…結局同じ1円でも本の状態が「非常に良い」という2冊だけを注文することにした(店はそれぞれ別々)。待てよ…むしろそのまま放っておいて、読者の数を増やした方がいいか。いや遅かりし由良乃助、もうクリックしてしまった。まだ状態が「良い」のが10冊あるよー、どうだチャンスだよー、買った買った!
 まあ、今回のことに限らず、 今の世の中、物や値段が不思議な流れ方をしている。うまく泳げば、というか物流のエアーポケットみたいなところで、それこそ濡れ手に粟の生活が出来るのかも知れない。昔の恥をまた晒すことになるが、昔むかし、先物取引に手を出して00万円損したことがある。いい訳に聞こえるかも知れないが、不思議な金の流れがどんなものか試してみたくなったのだ。子供たちがまだ小さく、そんな大金をドブに棄てるのは悔しかったが、途中でイヤになってしまったのだ。勧誘した若い男は損を取り返す方法をしきりに奨めたが、ほんとイヤになってしまったのだ。
 大気はあるところから成層圏が始まるように、世の中のカネの流れもあるところから急に大きく流れが変わることが不思議で、思わず勧誘に乗っかってしまったのだが、毎朝新聞の先物取引欄で相場の変動を確かめるのがほんとイヤになってしまった。いやコワクなってきたのだ。母方の祖父が、株で婿入り先の全財産を失ったという遠い過去が脳裏に甦ったのだったか。いまではもうはっきり思い出せない遠い遠い昔の、ある夏のことでした、チャンチャン♫
 そのとき得た教訓。額に汗して働いて、もらった報酬が、これじゃちと足りないわい、というくらいがちょうどいい。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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