胸が痛む

演歌など楽しんでるばや(あ)いじゃないかも知れない。イギリスはマンチェスターでのテロ事件である。ISの犯行声明があろうがなかろうが、つまりIS首脳部の指令やお墨付きがあろうがなかろうが、これから世界各地でこの種のテロ事件が続発する可能性が大きくなってきている。
 従来の国と国との戦争などは、アメリカや北朝鮮がにらみ合っているとしても、おそらくこれから起こることはまずない(かも知れぬ)。もっともそれは、それぞれの国の指導者の頭が切り替わっていれば、の話だが。いま頭が、と言ったが、首脳暗殺作戦のことではなく、首脳自身の頭つまり考え方そのものの意味だ。そこに行くと、我が国の首脳が相も変わらぬ古い国家観から頭を切り替えていないのは実に心配。ドイツやフランス、そして今回のイギリスに起こった事件は(今のところアメリカには、おっと忘れてました、すでに9.11でぶっとい先鞭を着けてましたなあ)、そうした列強の、全部ではないが一部にある対イスラム強硬路線のいわば倍返しの意味もあるが、我が国にもそうした考え方を見倣おうとしている指導者がいる限り、早晩己れ自身の問題として跳ね返ってくる。そのことをいま強く憂慮している。
 つまり政府が今用意している共謀罪などほとんど意味をなさない、深い内面の問題でもあるからだ。それさえも網にかけようとすれば疑心と不安の無限スパイラルに巻き込まれてしまうのがオチ。
 そんなとき、或る人からのメールに、むかし私が「お宅でギリシャの文化はローマに伝わらず、イスラムの懐に抱かれていた・・・というようなお話しを伺ったことを思い出さずにはいられません。イスラムはこのことを知っていて、ヨーロッパは知らない(もしくは忘れている)ことが、イスラムの人々をテロリズムに駆り立てているような気がしてなりません。Tenemos que reponer la cultura islámica a su puesto(私たちはイスラム文化をそれ本来の場所に位置づけなければならない)—とでも申しましょうか。いろいろと考えさせられています。」とあった。
 もっと正確に言うと、ギリシャの学問・文化は一時期ヨーロッパから全くと言っていいほど姿を消していたが、それらを大事に保管していたのがイスラム世界であり、それとの接点があったスペイン(とりわけ12世紀のトレドやコルドバを中心に)に、イスラムやユダヤの学者たちを経由して再度移入され、それが後のルネッサンスを用意した、というような話をしたことであろう。
 大きな流れとして確かにそう言える。ともかく数世紀にもわたる十字軍の遠征以降、世界は、と言うよりヨーロッパはイスラム世界を敵視し蔑視し続けてきた。新大陸アメリカに(先住民を虐殺して)建国した合衆国もその流れの中にあり、特に20世紀の歴代首脳たちはイスラム世界=悪魔の集団と括るまでに敵視・無理解の度を強めてきた。その極みがトランプ現大統領である。
 ここで念を押すまでもないことだが、私は何もテロリストの肩を持ったりその行為を許しているわけでは決してない。今回の犯人は現場で死亡したようだが、この自爆テロについては或る思いがあるのだ。今回の実行犯もおそらく二十代の若者であろう。或る思いとは、自分の命を投げ出してもいいと思うまでの憎しみの大きさ強さである。もちろんそうした間違った考えを吹き込む指導者や思想も問題だが、その年齢に至るまでに蓄積されてきた憎しみの総量に震撼させられるのだ。(犠牲になった若者たちのことを考えて強い怒りを覚えているのは言うまでもないが)
 直接の相手は欧米ではなくイスラエルではあるが、高い塀に囲まれたガザ地区のパレスチナ人が、赤子の時から乳と一緒に飲まざるを得ない憎しみの総量にかつて触れたことがあるが、石油の産出以外、西欧世界のシステムから疎外され無視され続けてきたイスラムの若者たちのことを考えると胸が痛む。アラビア数学や医学などかつて世界の文化を先導したイスラムの誇りをぜひ取り戻してほしい、と思うのは耄碌した爺(じじい)の甘っちょろい願いだろうか。
 日ごろマンガ文化やアッカンベー48などに厳しい爺さんだが、いがみ合い憎しみ合う文化より数段上等だと、実は内心思っている。ロボットなど先端技術に魂を売り渡すより、それこそ情緒纏綿の演歌の世界の方が、人間的にははるかに上等だと思っている。最後に来てグダグダになってきたので、寅さんの言い草をまねて、今日はこの辺でお開きとしよう。
 最後に、飽きっぽい性格からすれば自分でも驚くほどだが、相変わらずしつこく「平和菌の歌」豆本を作り続けているのも、私なりに平和への願いを可視的具体的なものにしようとの努力に他ならない。現在日本語版1,852冊、スペイン語版302冊。全国安売りチェーン店の連呼を真似て、目標10,000冊!

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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