真の対話を求めて

「モノディアロゴス第14巻の割り付けが終わったそうだね」
「これまでのものより若干薄めだけど、それでも予定している立野さんの解説を勘定に入れないでも256ページ」
「それで本のタイトルは決まったの?」
「実は皆さんにお知恵拝借と思ってここでお願いしてたんだけど、何の反応もなし」
「それは無理難題というもの。やっぱ全編目の前にしてみなきゃ見当のつけようがないもの」
「だよね。だから昨日一人でひねり出した」                                「何て?」
「〈真の対話を求めて〉」
「ばかに真面目くさった題だけど、どうしてそうなった?」
「実は今回の内容の後半部分は、以前約束していたように『談話室』を大幅に収録したから、従来のものとはかなり違ったものになった。それでいろいろ考えたんだけど、談話室の面々が実に良い、そしてかみ合った話し合いをしてる。で、そのとき突然〈共同主観性〉という言葉が思い浮かんだ」
「なんじゃそれ?」
「まあいいから、まず一昨年ここで書いた次の文章を読んでもらおうか。
〈そんなことを考えたのは、むかし一度だけだが連句を体験したことがあるからだ。つまり何人かの連衆(れんじゅ)が連句を巻いてゆく体験をしたが、今でもその時の不思議な感動を覚えている。おそらくそれは共同主観的体験と言ったらいいのかも知れない。専門的なことは分からないが、辞書で調べてみると、これはフッサールの作った用語らしく、複数の主観、つまり簡単に言えば複数の人間、のあいだで共通に成り立つもの、ということらしい。
 思えば近代文学、中でも近代詩は一つの主観、つまり一人の詩人の主観性そして独創性を過度に強調するあまり、次第に自然で豊かな感受性をも枯渇させてきたのではないか。例えば中世の吟遊詩人の例を出すまでもなく、もともと詩は人々の集まりの中で、つまり詩人と聴衆のいわば共同主観的状況の中で作られたものではないか、ということである。〉」
「なるほど、つまりはこの談話室の体裁も連句の会に似ているというわけだ。でも本のタイトルとしてはちと面倒くさい題だね」
「僕もそう思う。ちょうどその時、先日書いた『胸が痛む』を記事用に整理してもらえないか、とのカトリック新聞の依頼で少し書き直していた時なんだが、今回の自爆テロ事件に対して、トランプやそれに見倣った安倍流のテロ対策じゃ絶対に問題解決に行きつかない、北朝鮮に対してもそうだけど、威嚇や排斥ではむしろ逆効果」
「そっ、罪を憎んで人を憎まず(『孔叢子』 孔子やその弟子の言行 を書き記した書。3巻。漢の孔鮒 (子魚) の編に出てくる言葉)。何を甘っちょろい、と総スカンを食いそうだが、でも基本はこれでしょ。古い奴だとお思いでしょうが」
「それって鶴田浩二の〈傷だらけの人生〉だろ? ともかくその投稿記事は                  〈我が国の外交もアメリカべったりではなく、有意の若者たちを励まし支援するような平和外交であってほしい。それこそが迂路ながら真の世界平和へと繋がるはずだからである。〉で終わってる」
「あゝ分かった。詰まるところ真の平和外交は真の対話なかりせば無理ということ」              「そのとおり!〈ひとつの心に 重なる心〉こそが人間と人間の相互理解の基本中の基本
「あっそれも『傷だらけの人生』の文句や」
「ばれたか!」

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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真の対話を求めて への2件のフィードバック

  1. 立野正裕 のコメント:

    佐々木先生
    おはようございます。昨日談話室にお邪魔しようと思ったのですが、先生が連句のご経験を踏まえられながら、「もともと詩は人々の集まりの中で、つまり詩人と聴衆のいわば共同主観的状況の中で作られたものではないか」とお書きになっているのを拝見して、むかし書いた自分のエッセイのいくつかをいまいちど読み直した次第です。
    そのなかの一編は、初出時の題名も「口承叙事詩の場と伝統 即興の問題」というものでした。そこでわたしが扱った主題も、「詩人と聴衆のいわば共同主観的状況」とはどういうものかということにほかなりませんでした。わたしが「場」と呼んでいるのはその「状況」のことだったわけです。

    ホメーロスの叙事詩に、「牛の眼を持つヘーレー(ヘーラー)」とか「輝く眼のアテーネー(アテーナー)」といった決まり文句が出てきます。また旧ユーゴでは英雄マルコ・クラリェヴィッチを主人公にした叙事詩があり、そこに「酔いどれ酒場」という固定した言い回しが使われています。これら決まり文句を研究者はフォーミュラと呼んでいます。
    このフォーミュラの機能に注目することが、口承文芸としての叙事詩の伝統が実践される「場」または「共同主観的状況」を現出させるうえで、非常に重要であるとわたしは考えたのでした。

    「伝統の内部にいる詩人の場合は、出し物ばかりでなしに、かれのフォーミュラ自体が伝統的なものである。だから聴く側にとってもすでにそれは十分に馴染みが深いわけである。フォーミュラに対してことさら耳をそばだてて聴くということはしない。そこでバウラ(Maurice Bowra オクスフォード大学詩学教授、英雄叙事詩研究の泰斗)は言う。
    『それらのフォーミュラが口にされると、聴き手の注意力は一瞬弱まり、気持ちもらくになる。口誦による即興詩にフォーミュラが重要だというのは、それのおかげで詩人が詩を作りやすくなるということはもとより、聴き手もらくに聴けるということがあるからなのだ。』
    このように、バウラは、口頭即興詩におけるフォーミュラの意味を、あくまで詩人と聴き手の両者を不可分なものと前提したうえで把握しようとしている。それをかれは三点にまとめているから、補足の意味も兼ねてここに抜き書きしておこう。
    第一に、フォーミュラの利用によって、詩人も聴き手も瞬間的な休息が可能なこと。物語や詩を聴くという行為は、楽しみのためとはいっても、なかなか疲れるもので、そういうささやかな休息がばかにならないのである。
    第二に、ほとんどのフォーミュラは、よく知られた伝統的なものばかりであるから、その馴染み深さそのものが、聴き手にとってはくつろぎとなり、いまどのような想像の世界が繰り広げられているのかを納得するのに役立つこと。趣味嗜好において保守的である人々にとって、聞き慣れたフォーミュラは、いわば『古い友だち』なのである。それが、勝手にエピセット(「輝く眼の」「牛の眼を持つ」といった形容語)を省略されでもしようものなら、かえって落ち着かない気分になるだろう。
    第三に、伝統的な全体のトーンに適合する程度の変化なら、練達の詩人が新しいフォーミュラを作り出しても差しつかえないこと。フォーミュラは第一義的には、詩人が即興的詩作をおこなうのに必要なわけだが、それが存続するかどうかは、聴き手がそれを好むかどうかにかかっているのである。
    伝統を創造的に担い支えるという問題を考えるとき、とりわけ第三番目は軽視し得ない。新しいフォーミュラが伝統のなかに受け入れられ、それ自体が伝統の構成分子となりうるかどうかは、聴き手がそれを『友人』として迎えてくれるかどうかに関わっている。詩人自身がどんなに気のきいたフォーミュラを作ったとしても、それが聴き手の『趣味』に合わず、喜んでもらえないようなものならば、『創造』とは言われないのである。
    それに、二番目との関連で言えば、人々の趣味が保守的だということは、いたずらに頑迷固陋であるということではない。どだい保守的でないような趣味は、伝統の名にも文化の名にもほんとうは値しないであろう。問題はその趣味が真に生き生きしているかどうかなのである。つまり、保守的でありながら、創造への発条を内に秘めているかどうかが問題なわけである。
    その意味で、詩人の作り出した新たなフォーミュラが、伝統の内部で真に創造的なものであるためには、聴き手の側の自発的な共有の意識がなければならず、その共有意識が再度詩人の側にとらえかえされて初めて、それは伝統としてのフォーミュラ、すなわち民衆の共有財としてのフォーミュラとなりうるのである。」

    引用が長くなりましたが、要するに近代の「創造」という概念を、近代以前の口承文芸の伝統に即して価値転換し、個人主義的創造の限界を共同主観的状況が生み出す創造によって批判的に乗り越える道を模索しようともくろんでいたわけです。
    それが、「詩人自身がどんなに気のきいたフォーミュラを作ったとしても、それが聴き手の『趣味』に合わず、喜んでもらえないようなものならば、『創造』とは言われないのである」ということの趣旨にほかなりません。
    ここでの「創造」を先生の文脈に即して言い換えれば、〈ひとつの心に 重なる心〉つまり「人間と人間の相互理解」ということになりましょう。

    わたしは近代文学の達成をけっして過小評価するつもりはありませんし、近代文学の恩恵に浴してきた一人として、身辺から巨人たちの著作を遠ざけるつもりは毛頭ありませんが、同時に、近代以前の人々によって培われた口承文芸の伝統の重要性を遅ればせに振りかえって、失われた「共同主観的状況」すなわち「場」への郷愁を猛烈に掻き立てられずにはいないのです。というのも、おそらく戦後もまだしばらくは東北の片田舎に残存していた語り部の存在の記憶が、自分の内部の深いところに貼りついているからかもしれません。バウラがフォーミュラの持つ機能として、くつろぎとか休息を重視していることは重要です。
    「場」に緊張がみなぎるだけでは心も穏やかにはなりにくい。頭も円滑にはたらかないし、感情のこわばりも緩和されない。語り手と聴き手の心の交流も滞る。笑いが、ジョークが、ダジャレが、ほら話が……それから東北の田舎なら湯飲み茶わん一杯のドブロクが、舌を滑らかにし、語り手と聴き手の表情を和らげるうえで絶大な効果を発揮するのです。
    かつての伝統的な場はもはや過去のものであるとしても、学者の研究に依拠することは記憶をよみがえらせるのに役立ちますし、憧れを掻き立て、想像力を働かせ、実践的に創意工夫と試行錯誤を重ねることによって、かつての「場」や「共同主観的状況」に対応するものを作り出すことは全然不可能というわけではありません。そういう場の一つとして、この「談話室」にも、もっともっと活発な往来があるといいですね。
    お晩でーす。一本ドブロク持ってきましたぁ。まんず、飲んでくださーい。
    立野拝

  2. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    立野正裕様
     いつもの通り、私が漠然かつ漫然と推測していることを、実に理路整然と整理してくださいました。ありがとう。
     かつて東北の囲炉裏端で味のある人生哲学をしゃべっていた爺さん婆さん賢者も、今や薄っぺらな知識や無駄な学歴偏重の風潮の中で隅に追いやられ…、いや更地の思想のとばっちりを受けて土地転がしや儲け話で飛び回ってます。太宰治の場合もそうですが、わが島尾敏雄も幼いときに、小学校しか出ていないばっぱさんの一字一句間違えたことのない東北昔話で彼の文学の根幹を作り上げました。そういう作家はもはや絶滅危惧種…んっ?、もいねは! 残念!
     んだなー、まずは一杯やっか。

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