サクラサク

もうだいぶ前から老眼鏡の蔓(つる)の付け根のネジが両方とも取れてしまい、細い針金で応急処置をしたのはいいが、微妙に焦点がボケて何とも気色悪い。午後、他の買い物ついでに三年前にそのメガネを買ったパリミキに行ってみた。中年の感じのいい男性店員さんが、どうぞそこに腰かけてお待ちください、と言うので、椅子に座ってぼんやり店内など眺めていると、通りがかった一人のおばあちゃん(と言って私くらいの年齢か、というと、私はおじいちゃんだ)がつかつかと寄ってきて、「これどうぞ」と赤い包み紙の小さなお菓子を三個ばかり渡していった。びっくりして目で追う私に「オスソワケ」とにこやかに笑って去っていった。
 そこに店員さんが戻ってきて、「はい直りました」。「お値段は?」と言う私に、これまたにこやかに「いいえ無料です」「……ありがとう、すみません」
 店の外は寒い風が吹いていたが、その店の中はすでに暖かな春風が吹いていたようだ。
 家に帰ってその三つの小さなお菓子を改めて見てみた。キットカットだった。赤い包み紙には「キット、サクラサクよ」、別のものには「最後まであきらめないで」とのメッセージが入っていた。きっとあのおばあちゃん、この春受験する孫娘にでも買ったのだが、しょぼくれた爺さんの姿を見て、この人にもサクラがサイテほしい、と思ったのかも知れない。

 小さなお菓子一つでも、この世知辛い世の中に春風を吹かせることができる!

 そうだ、私はキットカットの代わりに、毎日作っている「平和菌の歌」の豆本をいつもポケットに入れておき、これはと思う人に上げることにしよう!

 あのおばあちゃんに一冊あげたかったなあ!

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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サクラサク への1件のコメント

  1. 阿部修義 のコメント:

     半年ぐらい前に某ハンバーグチェーンで食事をして、会計の時に千円札を出したら機械に通らないので他の千円札を出して欲しいと若い男の店員(アルバイト風)に言われ、偽札ですかと聞いたことを思い出しました。私の財布にはそのお札しかなかったので、店員にあなたの眼で見てどう思いますかと聞いたら、本物ですねと事務的な対応だったので、こっちも忙しいのでおつりを早くと事務的に返しました。先生のお話とは、まさに対称的なお店側の対応で客側の気持ちも随分違うんだと思いました。効率とか利便性を追求していれば、お客との信頼、信用関係も希薄になっていくということです。仮に機械に通らなくても、自分の眼で本物だと確認して、気持ちよく、また、どうぞお越しくださいと言われれば、私も、また、利用していたわけです。そんなことがあって、そこのお店には行っていません(笑)

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