リスボン再訪

今回は確かに再訪であり、同時に再会でもある。リスボンには私自身、そして妻も二人の子供も1980年夏に訪ねた町だから、という理由だけでなく、先日来ペソアを求めて何度か想像上の訪問をしたからである。二月ほど前、あまりにペソアにのめりこんでしまい、とうぶん彼から離れようと、彼の著作を机から少し離れたところに一時疎開させていたのだが、昨夜、例のビデオ・テープからDVD への変換作業で、思いがけなく彼にまつわる映画に出会ってしまったのだ。
 「レクイエム」と題するビデオを実際に見るまでは、それがタブッキの原作を映画化したものだとは気づかなかった。DVDのジャケットに挟み込む説明書をインターネットから、たいていは小さなポスターもしくはスチール写真入りで作っているが、レクイエムで検索しても、マフィアに愛する者を奪われ復讐を決意する男(ジャン=クロード・ヴァン・ダム演じる)のバイオレンス・アクション映画しか出てこない。ということは劇場公開をしていない映画だということである。
 改めて再生してみたら、10年前、スカパーの名画専門チャンエル「シネフィル・イマジカ」から録画したものと判明。現在は解約しているが、あのころ(まだ八王子時代)スカパーのチャンネルからたくさんの映画を録画した時期があった。そのうちの一本である。これは1988年に作られたもので、原作はアントニオ・タブッキ、監督はアラン・ターネルという人の、スイス・フランス・ポルトガル三国の合作映画である。同年、カンヌ国際映画祭、さらには東京国際映画祭に参加したとある。
 いま改めて映画を三分の二ほど見たのであるが、話の筋にしろ、ペソアの影が濃厚に感じられるところなど、前に話した『リスボン物語』に非常に似ている。実は白水社から鈴木昭裕訳で出ている原作も何ヶ月前のペソア熱のさなかに買い求めたのであるが、読まないままであった。だから映画が原作を忠実に映像化したものであるかどうかは、分らないが、しかし内容的にはいかにもペソア的なものになっている。

 小説『レクイエム』の表紙裏の説明はこうなっている。「七月は灼熱の昼下がり、幻覚にも似た静寂な光のなか、ひとりの男がリスボンの街をさまよい歩く。この日彼は死んでしまった友人、恋人、そして若き日の父親と出会い、過ぎ去った日々にまいもどる。…生者と死者との対話、交錯する現実と幻の世界」。すると映画はこの原作を忠実に映画化したものと言える。
 主人公が会うはずの、そして実際に再会することになる死者はタデウシュ・ヴァツラフ・スウォヴァッキという名の詩人・作家となっているが、映画の冒頭が映画全体を支配する次のようなペソアの箴言で始まっているからには、タブッキが生涯敬愛したフェルナンド・ペソアであることは間違いない。
 「人生は寝て過ごせ。我らは運命の不滅の子」
 つまりイタリア人作家タブッキはこのレクイエム(鎮魂歌)を、全編ポルトガル語で書かざるをえないまでにペソアを敬愛してやまなかったということであろう。タブッキは他にも『フェルナンド・ペソア最後の三日間』という「幻覚譚(Un delirio)まで書いている。ここまで一人の人間に傾倒しているのも驚きであるが、文学を読む・理解することの究極のかたちがここにあるのでは、という気がしている。
 これから映画の後半部を見るつもり。そのあとでなにか追加すべきことがあれば明日書くことにしよう。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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