反日デモはマスゲーム

尖閣諸島をめぐる日中間のきな臭い関係がようやく落ち着きを見せたと思っていたのに、ここにきて中国各地でまた反日デモが起こっているという。時期といい起こっている場所(いずれも地方都市)といい、なんとも意味をつかみかねる騒動である。現在北京で開催中の「五中全会」(第十七期中央委員会第五回全体会議)で、胡錦濤体制に批判的な勢力が陰で糸を引いているのでは、といううがった見方もあるが、本音を言うなら、そんな詮索そのものも馬鹿らしくなってくる体のニュースではある。
 いまだ民主主義が根づかず(といって現在の民主主義が模範になろうはずもないが)、言論の自由(これだけは無条件に早期実現が望まれる)のない国が経済面だけでなく、政治面、文化面でも大国の名に恥じない成長を遂げてくれるよう根気よく見守るしかないが、しかしニュースで伝えられるものだけが中国だと考えることだけは絶対に避けなければならないと思う。
 どういうわけか紙面には報じられていないが、昨日付けのネットの「朝日新聞」に一つ嬉しいニュースが載っていた。「<反日デモはマスゲーム> 中国有名作家が <愛国> に一石」という署名記事である。で、その署名が「林望」となっているのだが、あの有名な書誌学者だろうか。それはともかく、記事の内容は、中国の若手人気作家韓寒さん(28歳)が自分のブログで、最近の反日デモを痛烈に批判しているというものである。「内政の問題ではデモのできない民族が、外国に抗議するデモをしても意味はない。単なるマスゲームだ」。また土地私有が認められていない国情を踏まえ、こうも問いかけている。「土地を持たないものが他人のために土地を争い、尊厳の与えられていないものが他人の尊厳を守ろうとする。そんな安っぽい人間でいいのか」。
 残念ながら韓寒さんの文章はその日のうちに削除されたらしいが、賛否両論の書き込みの中に、「よくぞ言った」、「自分の気持ちをこれほど明快に表現した文章はない」との支持票も多かったらしい。署名者の説明によれば、韓寒さんは「若者からカリスマ的な支持を集め、ブログの閲覧数は四億回を超える。米タイム誌で今年、<世界で最も影響力のある百人>に選ばれたそうだ。こういう良識の人が少なくないはずと思うことにしよう。
 実は先日も、同じネットの「朝日」に、元共産党幹部二十三人が連名で、ノーベル平和賞を受けた劉暁波の扱いをめぐって、憲法でも認められている言論の自由が侵害されていると訴えたとのニュースが載ったのだが、後日いくらネットの中を探しても記事が見つからない。まさか朝日も中国政府の忌諱(きい)に触れるのを恐れているはずもないのだが。それで今回は念のため、韓寒さんの記事を急いでプリントアウトしておいた。
 今(十七日夜の九時十分)、同じくネット版朝日を覗いてみたら、今日、香港で劉暁波を釈放せよ、とのデモがあり、受賞前日あたりに大規模なデモも計画されていると報じていた。少し時間がかかるかも知れないが、民主化・言論の自由に向かっての波は確実に動き始めた。だれも止めることはできないであろう、と思いたい。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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