オデッセイ号北へ

大地震の後、台湾のエイサーという会社のアスパイアーというノートパソコンより小さいパソコン(ネットブックと言うらしい)の液晶部分が割れて使い物にならなくなった。テレビ横の蓄音機(風の作り)の上から落ちたときの衝撃のせいだろうか。これは二年前の夏、美子が脊椎の手術で入院したときに購入して大いに役立ったパソコンである。
 今使っているパソコンが壊れてもいないのにもう一つパソコンを用意しなければ、と思ったのは、これから寒くなってきた場合、廊下の書斎では寒すぎるし、何よりも美子の隣りでパソコン操作やら読書をした方が、先ずは灯油代やら電気代の節約になるからだ。しかしそれよりもっと重要な理由がある。それは、現在わずか3メートルの近さで互いの姿が見える距離にはあるが、しかし最近では美子の方から私の方を見ることはまずないからである。
 だから仕事の合間に美子の側に行ったりすると、ときおり見せる不安な表情が消え、穏やかな顔つきになるし、声を掛けたり手をにぎってやればこちらを確認して笑うからである。つまり平たくいえば、今までのように3メートルの距離からではなく、もっと近くにいてやることによって、美子が少しは刺激を受けるのでは、と思うから。いやもっとはっきり言えば、やはり認知症の症状が進んでいるようで、最近では両手を持ってやらないとトイレに連れて行くこともできなくなってきたからだ。
 説明下手のため話がすこし長くなったが、以上がエイサーを修繕する気になった理由である。それにこのネットブックにはメーカー保証の五倍、つまり五年間の保証を販売店から購入時にオプションとして附けたことを思い出した。それで先日、その量販店に持って行ったのである。しかし結果は無念なことに、液晶部分の破損は保証項目に入っていないと言われた。それなら修理に出しても一万円は取られるので、だったら中古のノートパソコンでも買った方がいい、と判断。
 パソコンに関心のない人にはどうでもいいことを書いてきた、いやこのブログを読んでいる方はほとんどがパソコンを使っている人だろうから、もう少し続ける。さて中古と言ってもどれがいいのか見当のつけようもない。ともかく値段は1万円から2万円のあいだ、そして唯一の条件はフロッピーも使えるやつ(いわゆるFDD附き)となると、検索した限りでは富士通のFMV-C8220しかない。値段もぎりぎり2万円。決めた。FDDはこれまで録りためていたフロッピーを整理するためと、もしかして同人誌「青銅時代」の同人のだれかがフロッピーで原稿を提出するかも分からないからである。
 実はそのネットブックが昨晩、佐川の飛脚便で玄関先まで来たのである。しかしそのとき老夫婦は十和田から来た息子たちと一緒の食事の最中。玄関先のインタホンは二階居間で空しく鳴ったが、食卓を囲んだだれの耳にも聞こえるはずもなく、配達人は不在連絡票を置いて帰ったらしい。ところが翌朝、つまり今朝、再配達を依頼しようと電話を入れると自動案内音声となり、指示のままこちらの電話番号、営業店番号を入れると、荷物番号を入力せよ、と言うが、肝心のその番号欄が未記載なのだ。これではこちらから連絡のしようもない。久し振りに瞬間湯沸かし器が沸騰中。
 話題を変えよう。そう、もう少しで愛たちが十和田に向かうところだ。もう少しで二階に挨拶に上がってくるところ。今度はお正月にということだが、青森あたりだと積雪があるし、冬の高速はこちらが注意しても対向車の誤運転を避けようもないことがある。だから電車で仙台か亘理まで来て、それからバスで原町に来ることを昨夜頴美に薦めた。荷物は極力少なくして、久し振りの電車とバスの旅行を楽しむように、と。
 そして先ほど(十時十五分)オデッセイ号は旅立っていった。その直前、愛が美子の膝に乗って冬までの一時の別れを告げてくれた。おじいちゃんは玄関先で車が曲がりきるまで手を振った。
 頴美がお昼のためにおにぎりを、夕飯のためにカレーを作り置きしてくれたので、少なくとも今日一日は、孫たちのぬくもりの中で暮すことができる。とうぶん寂しくなるが、なーに元気で頑張るさ。愛たちの向かう先がもし南だったら、寂しさは少し減るだろうか。いやいや同じことだろう。でもこれから厳しい季節を迎える北ではやっぱひとしお寂しさがつのるわい。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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オデッセイ号北へ への3件のフィードバック

  1. 真弓 のコメント:

    FM-Vは使い勝手が良いので良い選択をしたと思います。
    私も家のマックと別に持ち歩きように使っていますが満足しています。
    早く手元に届くとよいですが。。

  2. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    真弓さん、初めてですね。よろしく。FMV無事届きました。いま使ってるパソコンのウィルスバスターが来年五月まで有効なので、FMVにも分けて(?)附けようと思います。明日サービスセンターのお姉さんの指示に従ってつけるつもりですが(電話で)、分からないときには教えてください。ちょっと前までなら、そんなこと朝飯前でこなしてましたが、このごろはやる前から怖気ついています。機械いじりはもう限界かなと思ってます。ともかくその時はよろしく。

  3. 成澤 弘子 のコメント:

    私は、フロッピーは、専用の部品を1000円代で購入して、必要時にパソコンにつないで使っております。それがあれば、どの時代のパソコンでもフロッピーOKです。

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