書庫幻想その一

むかしある人が別のある人を称して(教師同士だったが)、彼の蔵書の数と書名を見れば、彼がいかに優れた学者・研究者であるかが分かる、と言った。当時は、おやまあ何と浅薄な見方をする人よ、と思っていた。しかし読書力が急速に衰えてきた最近になって、いや待てよ、彼の言うことにも一理あるかな、と思い始めている。
 つまり本とは不思議なもので、背表紙や題名を見てるだけで、そこにある程度の知的地理学というか地政学というか、あるいは知の地平線が見えてくるのである。とかなんとか言っちゃって、もちろんこれは苦し紛れで悔し紛れの屁理屈であり、幻想である。
 要するに、ここ半年ばかりの間に買い溜めた未読の中国関係書籍の数が半端でなくなってきており、最初は旧満州関係に限っていたものが、途中からどんどん間口を広げ、四書五経から論語、史記などの古典から衛慧の『上海ベイビー』までそろえてしまったのである。
 そしてこのところネットの古本屋さんから届くのは、日中文化交流史関係、さらには1990年代になって盛んになってきた中国の大学の日本研究の成果を報告する論文集まで、また新たなテーマを求めて(?)広がりそうな気配なのだ。
 それでこの辺で、せめて背表紙なりと眺めながら、一休み。そして妄想しはじめたのである。これまで曲がりなりにもこだわってきたスペイン思想と、この新たな中国文化・思想をどのように関連付けようか、と。
 今まで大して蓄積や成果があるわけでもないのだから、これまでの事はきっぱり忘れて(忘れないまでもこだわりを捨てて)新たな冒険に乗り出してもいいのだが、それではちょっと悔しい気持ちが残る。というわけで、一つの漠然とした見取り図。近代ヨーロッパが自然と人間〈理性〉の対立・分離というか、はっきり言って理性の物神化を強力に推し進めてきたのに対し、東洋思想なかでも中国思想は両者の調和、さらには天人合一を目指している、と一応は枠付けすることができよう。しかしスペイン思想は、もっと正確に言ってスペイン人文主義思想は時に「理性」に逆らってまで「生」の側に立とうとしたこと、そしてそれはオルテガの「私は私と私の環境である」の思想にまで繋がっていること、その意味でスペイン思想と中国思想の接点が充分に考えられることなど、漠然とながら……(明日に続くかも)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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