イラクでまたまた痛ましい犠牲者が出た。亡くなられた二人の外交官には悪いが、しかし今回の事件は当然予想されていたことで、問題はそこまでの自己犠牲の意義と価値があったのかどうか、ということである。
 無法地帯の保安官を自任するアメリカは、これがいつものチキン・ゲームと思っているらしい。つまり昔々、キューバを舞台としたソ連との度胸試しを制した記憶が残っているようだ。しかしあのときは、ソ連という、いわば失うものを多く持っている〈まともな〉国が相手であった。しかし現在のイラクの “テロリスト”(なぜ括弧つきかといえば、彼らをテロリストという言葉で括るのは難しいときがあるからだ)には失うものがない。“自爆テロ” を認めるつもりはさらさら無いが、だいいちイスラエルにもアメリカにも、“自爆” 攻撃が無いのは、その圧倒的な武力的優勢のためばかりではなく、もはや失うものの無い絶望的な境地に立たされていないからである(かつてユダヤ人はまさにそのような苦境の中で生き抜いてきたのに、その記憶は、現在のイスラエル人には失われてしまったのであろうか。いやそれよりも、アメリカがあのヴェトナム戦争の教訓をなに一つ生かそうともしていないことの方がはるかに深刻である)。
 それにしても小泉以下、日本の政治家にそもそもチキン・ゲームに参加する胆力など備わっているのであろうか。どうもそうは見えない。しかしぶっちゃけた話、「臆病者」のレッテルを貼られてもいいではないか。「臆病者」の生を生き抜くのは、もしかして、いや確実に、実は失禁のためズボンを濡らしながら「ぼく怖くなんかないもーん」とほざくより数段上の度胸と覚悟が必要ですよ。

チキン・ゲームとは、ジェームス・ディーン主演の映画『理由なき反抗』の中で、主人公が土地の不良たちと、崖めがけてたがいに車を走らせ、先に車から飛び降りたほうが負けというゲームから生まれた言葉である(チキン=臆病者。なおチキン・レースとも言う)。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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