病後のたわ言

「風邪引いてたそうだね。どう、調子は?」
「いいんだか悪いんだか分かんねえ。つまりいい時がどんなだったか忘れっちまった。これがいい状態なら、いいって大したこたねえな」
「おやおや、いけませんなー。それはともかく、あと少しで今年も終わりだけど、どうです、今年を振り返ってみて?」
「そんなこたあどうでもいいけど、例の参拝の瞬間の映像、世界を飛び回ってるねー。スペインのエル・パイース紙にも拝殿に向かう首相の顔がでかでかと載ってた。で、あれを見ながら、あっこいつ、先の大戦でお国のために尊い命を捧げられた御霊に何とかかんとか、ご大層な理屈をこねてたけど、少なくともあの場面でそんな崇高な想いなんてどっかに飛んでた、と見たね」
「で、実のところは?」
「このあいだの度胸試しでは、途中チビってしまって最後まで行けなかったけど、今度こそは何がなんでも最後まで行かねえと、また痛恨の極みなんて心境で過ごさなきゃなんねえ、と必死に怺えてる度胸無しの顔だね」
「おやおや一国の総理も君の見立てによると単なる度胸無しか」
「これは小っちぇーときからケンカに明け暮れたおいらの習性みたいなもんだけど、相手が男なら、まずこいつとサシで勝負したらどう出るか、と考えてしまう。もちろん実戦、つまり殴り合いのケンカは中三の時が最後だったけど、でも事あるごとに想像の世界ではサシの勝負をやってきたよ」
「でシンゾウちゃんは?」
「最初から言ってただろ、こいつはどしょ無しだって。取り巻きがいなかったら、ほとんど何もできねえカッコマンだぜ。彼のいわゆる右翼思想だって肚の座った根っからの思想なんてもんじゃなくて、ほとんどムード。こんどの参拝だってただただ自分の勇気をひけらかすだけのもの。ボク怖くないもーん、との寒々しい虚勢。ただ問題はこんな男が一国の最高権力者の椅子に座ってること。一日も早くつまみ出さないとえらいことになる」
「取り巻きで思い出したけど、このごろ時々テレビに登場してたなんだかゼロとか言うベストセラーを出した男、たんなるハゲチャビンと思ってたら、わざわざ押しかけて参拝を進言したなんて得々と自慢してた。こういうバカが引きもきらぬ何ともおかしな国になってきたね」
「おかしな国は今に始まったことじゃねえよ。偉い人は次々亡くなっていくし。そうだっ、数日前、安岡章太郎さんの『歴史の温もり』(講談社)が「著者謹呈」で届いたよ」
「だって安岡さんは今年一月二十六日、九十二歳だ亡くなられたよ」
「もちろん氏ご自身ではなくお嬢様の治子さんのご配慮で送られてきたんだけど。A5判、382ページの本当に安岡さんの温かな人柄が伝わる珠玉の文集になってる。古くは1964年から最後は2000年あたりまで主に歴史にかかわる30数編の文章が集められているんだけど、一編いっぺんが実にいい。つまりいよいよおかしくなってきた日本ならびに日本人に対する氏の遺言集になっているんだ。たとえばオリンピック、慰安婦問題、原発事故……要するに今のいま、われわれに起こっているほとんどすべての問題について、氏特有の温かな筆致の文章でその解き口(ほぐし方)を静かに語っておられる。たとえばこんな風に…

「戦時中、外地に従軍していた慰安婦には軍が関与していた、とそんなことが最近になって言い出されたのは何なのか私は不思議な心持ちになる。だいたい軍の関与なしに従軍慰安婦なるものが存在するわけは有り得ないではないか――。」(「白い脚の記憶――折り畳み式舟艇と慰安婦」)。

「靖国神社について、僕には二た通りの思いがある。一つは懐しさであり、もう一つは腹立たしさである。」(「九段 靖国神社」)


 アベにはこの腹立たしい思いなんて全く通じなくなっている。中国戦線で泥の中を這いずりまわされた二等兵の苦しみなんて、この遅れてきた軍国少年(壮年だべさ)には想像すら出来ないわけだ。

「…オリンピックというものは、われわれ一億国民が、なにか太い針金で地上からつり上げられるようなものではないか、という気がする」
(「途上大国のハシカ、オリンピック」)。

 一巻の最後が一九八六年八月六日の「朝日新聞」夕刊に載った次の文章、つまり同年四月に起こった原発事故に関するものであることに本書の刊行意義の重さを強く感じる。ぜひ全編を通して読んでいただきたい。


「チェルノブイリの事故のニュースで一つだけ感動したものがある。事故のあと、ソ連政府はチェルノブイリ周辺の住民に立ち退きを命じ、全員を遠くの安全地帯に避難させた。ところがそれから一と月もたって、事故地域のある農村で、七十五歳と八十四歳の老婆が二人、納屋に隠れているのが発見された。役人が<おまえら、こんなところに隠れて何をしてるんだ>と、問いつめると、老婆たちはこもごも、<村のものは皆いなくなっちまった。わたしらでも残ってないと、置いてかれた羊や鶏の面倒を、いったい誰が見るだね>と、こたえたというのである」(「終末の言葉」)。

………………………………………この件りを読んでいるうち、なぜか涙が溢れ出てきて止まらなくなった。七十四歳の老爺と七十歳の老婆は、この章太郎さんの温かな言葉に勇気をもらって、明日からも頑張って生きていきます………

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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病後のたわ言 への2件のフィードバック

  1. 阿部修義 のコメント:

     先生が危惧されているように、国民が安倍政権に危機感があるかが重大な問題だと思います。政治のことはわからないけど、株価が上がっているから良しと安易に考えている人が多いように私は感じています。国民の生命、財産を任されている立場の人に必要なのは、九十九パーセント安全でも一パーセントのリスクがあれば手を出さない判断が出来るかだと私は考えています。経済、原発、外交などの安倍政権の対応を見ていると国民全体を巻き込んで博打場に引きずり込んでいるように感じます。万が一裏目に出てしまったら取り返しの付かない事態になる危険が政策の中に織り込まれています。一民間企業が会社の命運をかけて挑戦する分には、それで良いと思いますが、国民全体の将来を預かる立場にいる人がそれでは困ります。判断を間違えたので辞めて済む問題でもありません。地に足をしっかりと付け、最悪の展開になっても国民を危険に晒さない磐石な政治を任せられる新政権誕生を期待しています。

  2. 阿部修義 のコメント:

     先生が「なぜか涙が溢れ出てきて止まらなくなった」と言われていることに感動しました。チェルノブイリの二人の老婆は自分たち以外に取り残された羊や鶏の面倒を見てくれる人がいないことを知っている、なぜ、そうだと解ったのか、それこそが正に先生が常に言われている「魂の重心」を低くして、自分の心で感じたから解ったんだと私は思いました。そして、今の日本人に一番必要なのは、その視点からの発想であり、それを通じての想像力なんでしょう。現政権には、その視点からの発想が全くありません。

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