改名披露

母親が同じ(もしかして父親も)ではあるが、シロとトラはどうしてこんなに仲が良いのだろう。姉弟の関係であれ動物である以上、もちろん性的な牽引力が働くであろう。しかしシロははるか昔(一昨年)に不妊手術を受け、トラも最近去勢手術を受けた。それでまったく性的な衝動が消滅したとは思わないが、彼ら二人の仲の良さは、おそらく性的なものではなく、兄弟愛か友愛である。
 今年一月末のある朝、彼らの母猫「おかあちゃん」は八王子の家の庭先で眠るように死んでいた。七匹の子供たちを置いて、かなり長い間蒸発していたこの母猫にいちばん甘えていたのはトラであった。長き不在のあとに戻ってきたおかあちゃんに真っ先に近寄っていったのもトラだった。しかし冷たい世間を渡り歩いてきたおかあちゃんにこの甘えは通ぜず、我が子トラを威嚇した。トラはその時からおかあちゃんを敵視し、今度は逆におかあちゃんに冷たくあたった。だからおかあちゃんの死をトラがどう受け止めたか気になる。
 シロは器量よしのミケの陰に隠れて、あまり目立たなかった。八王子から連れてきた四匹()(ダリ、トラ、シロ、イチロー)の中でもいちばん警戒心が強く、陰気な性格だと思っていた。ところが実はいたずら好きで、ずっこけたところもあることがだんだんと分かってきた。
 この二匹はほとんどいつも互いにすりすりしているか、並んで歩いている。二匹はちょうどミルクとココアのように、重なり合って動いている。時にあまりにしつこくして(たいていはトラの方だが)、相手からうるさがられて追い払われることがあるが、それはごく稀である。美味しいものをもらったときなど、自分だけで食べることもあるが、大抵は相手を呼びよせる。ただ好みはだいぶ違うらしい。シロはチーズやパン、それに甘い物が好きだが、トラの方は煮干や煎餅などが好きらしい。
 考えてみればこの子たちの名前シロ、トラは、実に愛想のない名前である。それで思い切って改名することにした。つまりシロはミルク、トラはココアに。これも「見たまんま」の命名であるが、いつも目の前を白と茶色の流れのように二匹が移動する時の印象からの命名である。ほんの最近まで外猫だった彼ら姉弟にも、やっと安定した日々が訪れたのだ。少々キザったらしい名前くらいこの際許しもらおう。(8/16)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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