これからの楽しみのために

昨晩六時半から文化センターで第二回目のフォルクローレ練習会(実際はボリビアのフォルクローレ・グループのコンドル・カンキのビデオ鑑賞)をやった。念のため六時に行ったのだが、いつもはがら空きの駐車場がぼつぼつ埋まりはじめていた。筋向いのユメハットで、N響演奏会があるためらしい。最近できたばかりのこの文化会館のこけら落としは確か第九の大合唱。地方文化といっても、都会文化の第何番煎じかおこぼれかは知らないが、どこもかしこも第九というのはあまりにも芸が無い。といって、水をさす気は毛頭無い。いいんじゃない、楽しければ。
 それで表題の言葉である。これは先ほど、二組の友人夫妻に差し上げる『スペイン語辞典』の献辞として書いた言葉である。高校生を主体にフォルクローレのバンドを作ろうとしていたのだが、どうも少し無理があるかな、と気づきはじめたのだ。要するに、今の高校生はやたら忙しい。それ中間試験だ、部活だ、塾だ、と余裕の無い生活を送っているようである。もちろんパソコン・ゲームをやり、ケータイで長話をする時間はたっぷりあるのだが。
 というわけで、ターゲットを少し、いやうんと高い年齢層に移してはどうか、と考えたのである。それには、お店を閉めてから駆けつけてくれた旧友夫妻がヒントになった。つまり若い者に比べると、覚えるスピードは二分の一、いやそれ以下かもしれないが、兎と亀の喩えよろしく、自分たちのペースでゆっくりしつこく、しかも楽しみながらやるおじさん、おばさんたちへと軌道修正した方が良くはないか、と考えたのである。かくして、六時から七時半はフォルクローレの練習、そして後半部の七時半から九時までを、フォルクローレの歌詞などを教材に、やさしい、楽しい初級スペイン語講座にすることにしたのだ。目指すは、残されたこれからの日々を、楽しくすること。
 もちろん日常スペイン語に終始するつもりだが、時々歌詞の中に出てくる簡単なインディオの言葉くらいは説明したい。それで今日さっそくアマゾンに『ケチュア語・スペイン語辞典』を発注した。ケーナ、チャランゴ、サンポーニャと一応は音が出せるようになりたいなどというどだい無理な望みの上に、今度は中高年層相手のボランティア語学講座……、身のほど知らずと言われても文句は言えまい。あれっ、この言葉、先日バッパさんに呈したばかりだ……

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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