祓魔師(エクソシスト)?

「私も昔これやられたことがある!」ととつぜん妻が叫んだ。近所から聞こえてくる奇妙な声のことを言っているのである。はじめは何のことか分からなかった。もしかして近所に智恵遅れの大人がいて、休みで施設から一時帰宅しているのかな、などと考えた。しかしそれにしては変な中間音で、時にお経のようにも聞こえる。
 朝食のあと、二階廊下の机に坐った途端聞こえてきたその得体の知れない声は一向に止まる気配がない。終わったと思ったら、また意味不明の短い言葉が発せられ、続いて嫋々たる中間音が、そしてときおり鈴の音が入る。そのときである、いつのまにか後ろでやはり耳を澄ましていたらしい妻が短く、しかし確信的に叫んだのは。
 どこから聞こえてくるのか。もしかして……ふだんはとても穏やかで、田舎には珍しい知的な感じの、あの老婦人の家からかも知れない。でもあえて確めることもしなかったので、まったくの見当違いの可能性もある。しかしもしその家から聞こえてきたとしたら、分からないでもない。むかし大変不幸なことがあった家だからだ。つまり年に一度、故人の命日あたりに、いわゆるお清めをしてもらっているのかも知れない。
 しかしその声は普通のお坊さんの読経とはまるで違っていた。普段は表に出ることもなく、死や不幸の際に密かに呼ばれて清め、お払いをする行者さん(?)の祈りらしい。小さいころ異常に癇が強かった妻は、なんどかそんな行者さん(といっても女性だったらしいが)のところに連れていかれた。今でもその家のたたずまい、おどろおどろしい祈祷師のお祓いのことを覚えている。
 迷信、邪教と言うまい。いわゆる大宗教といわれるものにあっても、跋魔師(エクソシスト)の類いはあり、道具立てや声音がすこしばかり洗練されただけであって、原理(?)はさして変わらない。要は、身体のなかに住み着いていると思えるほどの悪や不幸や苦しみがあり、それらを振り払うには、時に物理的といえるほどの激甚な儀式を必要とするということであろう。だったらそれはおどろおどろしいものであればあるほど効験あらたかかも知れない。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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