小川国夫さんを訪ねて

先日ここでお知らせしたように、今月23日、浮舟文化会館で「島尾敏雄と小川国夫、そして『青銅時代』」というシンポジウムが行われる。小川国夫氏の講演会が氏のお怪我のため不可能となり、その代わりに仕組まれた催しである。平行して行われる青銅時代の例会参加者の中で地元勢はもちろん私しかおらず、したがってコーディネーターを務める羽目になった。
 そんなわけで、レジメ代わりにパネリストや聴衆に配る予定の簡略な「島尾敏雄と小川国夫の交流史」を作り始めた。もっぱら頼りとするのは昭和51 年の4月2日~4日、飯坂温泉で、同月9日~11日、場所を変えて長崎市で行った全6日間の二人の対話録『夢と現実』(筑摩書房、昭和51年)である。
 この本は出版当時、一応は購入したが、二人のあいだにどんな話が交わされるか、なんとなく分かるような気がして読まないでいるうち、だれかに貸してしまい、それが戻ってこないままになっていた。今回の準備のためにはどうしても一度読まなくては、と急遽ネット古本屋に注文していたのが今日届いた。
 昭和40年6月、島尾敏雄がとつぜん藤枝の小川氏の家を訪れるところとか、同年9月、「朝日新聞」の「一冊の本」というコラムで、島尾氏が『アポロンの島』を激賞したあとの小川氏の一種の虚脱状態のあたり、断片的に知っていたことばかりだが、あらためて当事者二人に語ってもらうと、またいろいろ新発見があった。
 読みながら私自身が島尾氏と同じく藤枝を訪れた時のことを思いだした。日記で確かめると昭和42年9月のことだった。島尾氏の藤枝訪問から2年後のことである。まだJ会の哲学生であったが、すでに退会を決めていたころである。どういう経緯だったかは覚えていないが、聖書学専門でドイツ人のB神父と一緒に伊豆大島へ出かけ、その帰りに単身で藤枝に寄ったらしい。

「9月27日(水) 11時20分出航の《はまゆう丸》に乗船するため、三人で(B神父と土地のS神父)ゆっくり海岸に出て、港まで歩いていく。Bさん、埠頭に立って見えなくなるまで手を振っていた。1時少し過ぎ熱海駅に着く。2時5分発の急行霧島で静岡へ。静岡へは3時14分ころ。大和銀行前のバス停から金谷行きのバスをつかまえ、長楽寺に着いたのは4時20分ころ。小川さんのお家は、文字通り長楽寺前だった。ちょうど行き違いに、小川さん会社に出勤した由。男の子二人、あきお君(小2)たかし君(6歳)。奥さんたいへん明るい方。」

 30日の日記に「小川さんのお家を訪問したこと(27~28)については別の機会に思いだして書くつもり」とあるが、このときの貴重な体験を記録せずに今日まできてしまった。図々しくも一宿一飯の恩義を受けたらしい。このときの写真が一葉残っている。訪問の後すぐ、小川氏から一枚のハガキと手紙があるが、手紙の書き出しはこうなっている。

「†主の平安 過日は失礼しました。貴兄が大事な時期を越え、疲れておられたのは察しがつきましたが、それほど外見に現われていませんでしたので、安心していいものと自分できめて、お話ししました、あるいは貴兄にとっては、チグハグな感じではなかったか、と気に懸ります。」

 それほど外見に…いや内面もちゃらんぽらんだったのではないか。ともあれ小川氏の優しいお心遣いが、いま痛いほど伝わってくる。

藤枝の小川国夫さんを訪ねて
たしか三宅島から熱海経由でお邪魔しました。
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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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