『青銅時代』は次号で五十号になる。一九五六年の創刊だから、ほぼ一年に一回のペースで来たことになる。他の同人誌のことはよくは知らないが、このゆったりした歩みは珍しいことかも知れない。しかし創刊同人の中心的存在であった丹羽正さんや小川国夫さんなどが鬼籍に入られたいま、このまま静かに終焉を迎えるのか、それとも残された同人たちのいま一つの奮闘を得て奇跡的に息を吹き返すのか、まさに瀬戸際にあるように思える。
かく言う私自身は青銅発祥の地とも現編集部の東京からも遠く離れた相馬に引きこもっていて、そうした岐路に立つ青銅に実質的な助力をしないままなので、青銅の今後について偉そうなことは言えない。しかし昨春の、その相馬での同人諸氏とのシンポジウムの際にも申し上げたことだが、実はそれまで漠然と抱いていた青銅の行く末についての考えが大きく変化した。つまり第五十号という区切りで青銅を廃刊すべきではないかという考えから、いや老いさらばえて醜態をさらしてもいい、継続の意志を持つ同人がいるかぎり続刊したらいいのでは、という考えに変わったのである。
それはたぶんに私自身の行く末についての考えと微妙に連関しているのかも知れない。今年古希を迎え、肉体的にも精神的にも衰えを感じずに一日とて過すことはないが、しかし老年には老年なりの意味があり、諦観もあればまた希望もある、たとえ人はそれを老いの繰言あるいは妄想と呼ぼうとも、老境でしか書けない世界があり景観があるはず、と強く感じているからである。
もちろん以上の言葉に対してはしっかり責任をとるつもりである。つまり私自身が最後の「生き残り」になった場合にも(不思議です、自分が長生きすると端から思い込んでいるようです)「青銅時代」の旗を高く掲げましょう。幸い私はここ数年、「呑空庵」というパソコン一台と印刷機一台の小さな工房(?)で私家本を作り続けています(もう十九点になります)。表紙は司修さんの許しを頂いてこれまでの表紙の中から繰り返し利用し、中身は袋綴じながら、できるだけ誤植なしの、努めて青銅らしい作品を載せ続けましょう。仲間や私自身が書けなくなったら、同人たちの過去の名作を、適当なコメントをつけて再録するかも知れません。しかしついにいつかは…。
それじゃ野垂れ死に同然ではないか、と言われれば、そう、まさに野垂れ死に。それがいやだったら、そう言うあなたが私より長生きして、青銅の灯を守り続けてください。
(平沼さんから編集後記にお前も参加しろと言われて、実は大変弱っていたのですが、こうして書いているうち、自分の中に「青銅時代」に対する思わぬ愛着心があることにびっくりしています。いや、そんな高尚なものではなく、たんなる老いの一徹かも知れませんが)