昨夜は、部屋から廊下へのココア用の出入り口を段ボールの箱でふさいで寝た。昨日はあの仮死状態からの蘇生のあと、小さくちぎった煮魚をガツガツ食べ、水を飲み、一時はこの調子で元気になるかな、と思ったのだが、昼過ぎからはまた食べず、ときおり水を飲むだけの状態に戻ってしまった。
しかし排泄の方はしっかりしている。時おりの小便のほか、中腰になって固めの立派なウンコをしてくれた。(あっ、ついでだから書いておく。実は今年の年賀状の中に、偉い先輩からのものがあり、そこに鉛筆書きで「雲古のことは読みたくも聞きたくもありません」とあった。おそらく美子の入院について私が書いた文章を指しての苦言であろう。しかしこと「生きる」ことに関して、「食べる」ことと「出す」ことを抜きに話は成り立たない。別に偽悪者ぶって書いているわけではない。たぶん老人性の潔癖な「美意識」からの苦言だと思うし、鉛筆書きであることも考慮して、きっぱり無視することにした。)
閑話休題。それにしても根性のある猫だ。ときおり心細くなるのか鳴き声をあげるが、頭をなでてやるとまた安心して寝る、という状態が今日も続いている。願っているのは、ココアが、私たちの立てるいつもの生活音(?)を聞きながら、眠るように死んでいくことである。彼のために泣くことは、一昨日の夜から、明け方の蘇生の後先にかけて、自分でもびっくりするほどとめどなく流れ出た涙でもうたくさんだ。
「そのとき」が来るまで、あと二、三日かかるかも知れないが、ゆっくり送ってやろう。新聞紙が間に合わなくなってどうしようかと思ったが、廊下の端の物置にクッキーが使わなくなった大型の紙オシメ100枚がまるまる残っていたので充分であろう。またぞろシモの話を、と言われるかも知れない。でもねー、そう言うあなた、あなたがヨイヨイになって、オシメを当てられるようになっても、そんな「上品」なこと言ってられますかねー。昨年十一月に九回の連載を終えた朝日新聞の「ニッポン人脈記 排泄と尊厳」の結びの言葉に全面的に賛成する。引用してこの話を打ち切る。
「生きることは排泄すること――。だからこそ私たちは「生きる証し」の排泄から目をそむけるのではなく、「人間の究極の尊厳」ととらえ、みんなでもっとふつうに語り合いたい。すべてはそこから始まるのだから。」
また鳴いたので行って見ると、昨日より大きくて立派な雲古をしていた。昨日の昼からは何も食べていないから、もしかするとこれが最後の雲古になるかも知れない。ところで妻の方だが、昨夜はココアのことなどで気が回らず、それにこのところ夜中に起き出すこともなかったので、つい互いの手首を結んで寝ることを怠った。朝方、はっと気が付くと隣りに寝ていない。あわてて居間に行ったら、寒いなか、ひとりソファに腰掛けていた。急いで便所に連れて行ったが、恐れていたとり、すでに大をやっていた。ただありがたいことにいま使っている紙パンツはマジック・テープで着脱が容易なので体を汚さずに換えることができた。
げにフン戦の連続である。おかげでこちらは敗戦処理のベテランになりつつある。今朝は、あの偉い先輩を意識しすぎて、少しムキになったかもしれない。とうぶんフン戦記は休むことにしよう。次はもっと「高尚」な話題にする。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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