今朝方、とうとうココアが逝った。昨夜というか午前一時過ぎ、睡魔に負けてベッドに入る直前まで、ココア用の寝床からふらふらと立ち上がるたびに、頭や首筋をゆっくり撫でてやった。すると安心するのか、また横になり、調子のいい時のように大きく伸びをした。それを何度くり返しただろうか。
もうだめだろう、と思われ始めたときから一週間以上経つ。本音を言うと、いちど玄関先でなかば凍死のような状態にあったとき、あのまま死なせてやった方が良かったのか、と思ったときもあった。
しかし自然に、命の尽きるまで、できるだけの世話をしながら死出の旅を見送る、という方針をつらぬいてよかった、と今でも思っている。病気が伝染性のものであったり、例えば怪我のような苦痛を伴う場合なら別だが……
それにしても何という生命力であったことか。ときに命は何と果敢ないものか、と思うときもあるが、ココアがこの十日ほどの間に示してくれた命のしぶとさに、あらためて感嘆させられた。
でも今度は本当に死んでしまった。外に行こうとしたのであろうか、寝床を出て、出入り口をふさいでいた段ボールの手前で、右前足を心もち伸ばした格好で、平たくうつ伏せになっていた。いや、今もなっている。換えたばかりの清潔なペットシーツの上で安らいでいる。
まだ事情が飲み込めないらしい妻と、遺体の側で朝食をとった。朝食を終え、この文章を書き出したのだが、つい今しがた、下から頴美と愛が来たので、埋葬は下の若夫婦にまかせることにした。手ごろな大きさの段ボールに私の古いセーター、妻のやはり古い毛糸のチョッキで体を包み、頴美が一輪の赤い造花を、そして私はココアが好きだったペット・フード(カリカリと言っていた)をティッシュに包んで箱に入れ、封をした。
いま頴美たちが庭で、姉のミルクが眠っているすぐ側の土を掘り起こしているのが聞こえてくる。妻同様、やはり事情がつかめない愛のはしゃぐ声が聞こえてくる。ココアは愛が上がってくると、かならず側にやってきたものだ。小さい子が好きだったのか、それともなかば焼餅を焼いてか。その両方だったであろう。
親きょうだい一族のなかで、いちばん人懐こく、頭が良く、そして勇敢だったココア、君のことはけっして忘れない、部屋のあちこちにある君の写真を見ながら、私たちパパとママも、君の分までこれから元気に生きてゆくよ。君の生きて動く姿は見れないけれど、君のあの凛々しい姿は私たちの心の中に永遠にくっきり刻み込まれているよ!
-
※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
キーワード検索
投稿アーカイブ
-
最近の投稿
- 入院前日の言葉(2018年12月16日主日) 2022年8月16日
- 『或る聖書』をめぐって(2009年執筆) 2022年4月3日
- 『情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い』 2021年10月15日
- 東京新聞コラム「筆洗」に訳業関連記事(岩波書店公式ツイッターより) 2021年9月10日
- 思いがけない出逢い 2021年8月12日
- 1965年4月26日の日記 2021年6月23日
- 修道日記(1961-1967) 2021年6月1日
- いのちの初夜 2020年12月14日
- 島尾敏雄との距離(『青銅時代』島尾敏雄追悼)(1987年11月) 2020年10月20日
- フアン・ルイス・ビベス 2020年10月18日
- 宇野重規先生に感謝 2020年9月29日
- 保護中: 2011年10月24日付の父のメール 2020年9月25日
- 【再録】渡辺一夫と大江健三郎(2015年7月4日) 2020年9月15日
- 村上陽一郎先生 2020年8月28日
- 朝日新聞掲載記事(東京本社版2020年6月3日付夕刊2面) 2020年6月4日
- 岩波文庫・オルテガ『大衆の反逆』新訳・完全版 2020年3月12日
- 教皇フランシスコと東日本大震災被災者との集いに参加 2019年11月27日
- 松本昌次さん 2019年10月24日
- 【再掲】焼き場に立つ少年(2017年8月9日) 2019年8月9日
- ある教え子の方より 2019年5月26日
- 立野先生からの私信 2019年4月6日
- 北海道新聞岩本記者による追悼記事 2019年3月20日
- 柳美里さんからのお便り 2019年2月13日
- 朝日新聞編集委員・浜田陽太郎氏による追悼記事 2019年1月12日
- Nochebuena 2018年12月24日
- 明日、入院します 2018年12月16日
- しばしのお暇頂きます 2018年12月14日
- 嬉しい話のてんこ盛り(その二) 2018年12月7日
- 敗残の兵と西瓜 2018年12月2日
- 嬉しい話のてんこ盛り 2018年11月27日
- 呑空庵西漸(せいぜん)す 2018年11月25日
- おや、こんなこと書いていた 2018年11月24日
- 勘違いの連鎖(その2) 2018年11月19日
- 美子、金婚おめでとう! 2018年11月16日
- 柳美里さんからのお知らせ 2018年11月16日
- 呑空庵福島支部誕生 2018年11月13日
- ちょっと嬉しいお知らせ 2018年10月30日
- 景気の悪い近況ご報告 2018年10月26日
- 紫陽花色のソックス 2018年10月15日
- 平和構築のための強力な布陣 2018年10月12日
- 累計2,300人!!! 2018年10月8日
- 戸嶋靖昌「受難」 2018年10月3日
- 思いがけない再会 2018年9月29日
- 近況ご報告 2018年9月28日
- まるで青年 2018年9月16日
- 再度のお誘い 2018年9月16日
- 我らのモノディアロゴス君 2018年9月11日
- プライバシーという魔物 2018年9月6日
- お知らせ 2018年9月3日
- トロイの木馬 2018年8月28日
- メディオス・クラブについて 2018年8月22日
- 「焼き場に立つ少年」報道異聞 2018年8月18日
- 偉い坊やがいたもんだ! 2018年8月16日
- たまには写真でも 2018年8月12日
- あゝ腹立つー 2018年8月9日
ココアちゃんのごめい福をお祈りします。動物の命はほんとうに
わからないですね。でも寿命をまっとうした子たちの
何と安らかなことか。人間みたいに大さわぎもせず
静かに天国の階段を上って行ったのですね。
うちも今18歳の老犬の介護に明け暮れています。
何もできることはないけど、残りの時間を本人が良いように
過ごせればと思っています。
ココアちゃん、今ごろみるくちゃんやクッキー君のところに
着いたでしょうか。さびしいですね。。。
先生も奥さまもくれぐれもご自愛くださいませ。
ミチルさん、お悔やみのお言葉、ありがとうございます。いまさっき気が付きました。たくさんの可愛い動物たちの死を見てこられたミチルさん、でもいつも悲しみは新しく、そしてこたえますね。これで八王子で出会ったすべての動物たちがいなくなってしまいました。妻の介護がなければ、また新しい出会いを求めたでしょうが、少なくともいまは、ココアが私たちと暮した最後の猫になりそうです。