一日の過ぎるのがなんと早いことか。あっという間に終わりがやって来る。といって「やらねばならぬこと」が山積しているわけではない。ほとんどが「やらなくてもいいこと」なのに、急かされているかのように、追い立てられているかのように、気忙しい思いのうちに一日が暮れていく。
やらなければならないことの筆頭は妻の世話である。といって今のところそう大した世話ではない。たとえば就寝前の日課は、まずトイレに連れて行き、そのあと歯を磨かせる。歯ブラシに適量の練り歯磨きをつけて手渡し、その手を口のところまで持っていってやれば、ちゃんと磨いてくれる。そのあと水を入れたコップを渡し、「ガブガブ」するように言えば、ちゃんと口を漱いで吐き出してくれる。こうした動作は頭が記憶しているというより、体が覚えているのであろう。しかし今晩はどうしたことか漱ぎ終わった水を飲んでしまった。明日からは注意してやらねば。
ところで自分で顔が洗えなくなったのはいつからだったろう。今では小形のタオルを湯で絞って顔を拭いてやる。そのあと居間に戻って、小さなパフに乳液を垂らし、それで顔を拭いてやる。そのせいかどうか、顔には皺ひとつなくいつもすべすべしている。さあ、これで妻の一日が終わる。パジャマに着替えさせて…着替えさせて、といえば妻が自分で着替える意味か? そうではなく私が全部してやらなければならない。
これで朝方までぐっすり寝てくれれば万々歳。一時期は何度も起き出し、何度も便所に連れて行かなければならなかったが、今では静かに寝てくれる。
さてこうして今パソコンに向かっています。ですがあっという間に、十二時が近づく。今晩はほとんど意味のない些事を書き連ねてしまいました。明日は少しはまともなことを書きましょう。おやすみなさい。私はあと一時間ほど、眠い目をこすりこすり、明日の午後の、浮舟文化会館でのお話のための準備をするつもりです。明日は年度初めのお話、さて何を話すことにしましょうか。
-
※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
キーワード検索
投稿アーカイブ
-
最近の投稿
- 【再掲】「サロン」担当者へのお願い(2003年執筆) 2023年6月2日
- 再掲「双面の神」(2011年8月7日執筆) 2022年8月25日
- 入院前日の言葉(2018年12月16日主日) 2022年8月16日
- 1968年の祝電 2022年6月6日
- 青山学院大学英文学会会報(1966年) 2022年4月27日
- 再掲「ルールに則ったクリーンな戦争?」(2004年5月6日執筆) 2022年4月6日
- 『或る聖書』をめぐって(2009年執筆) 2022年4月3日
- 【ご報告】家族、無事でおります 2022年3月17日
- 【3月12日再放送予定】アーカイブス 私にとっての3・11 「フクシマを歩いて」 2022年3月10日
- 『情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い』 2021年10月15日
- 東京新聞コラム「筆洗」に訳業関連記事(岩波書店公式ツイッターより) 2021年9月10日
- 82歳の誕生日 2021年8月31日
- 思いがけない出逢い 2021年8月12日
- 1965年4月26日の日記 2021年6月23日
- 修道日記(1961-1967) 2021年6月1日
- オルテガ誕生日 2021年5月9日
- 再掲「〈紡ぐ〉ということ」 2021年4月29日
- ある追悼記事 2021年3月22日
- かけがえのない1ページ 2021年3月13日
- 新著のご案内 2021年3月2日
- この日は実質父の最後の日 2020年12月18日
- いのちの初夜 2020年12月14日
- 母は喜寿を迎えました 2020年12月9日
- 新著のご紹介 2020年10月31日
- 島尾敏雄との距離(『青銅時代』島尾敏雄追悼)(1987年11月) 2020年10月20日
- フアン・ルイス・ビベス 2020年10月18日
- 宇野重規先生に感謝 2020年9月29日
- 保護中: 2011年10月24日付の父のメール 2020年9月25日
- 浜田陽太郎さん (朝日新聞編集委員) の御高著刊行のご案内 2020年9月24日
- 【再録】渡辺一夫と大江健三郎(2015年7月4日) 2020年9月15日
- 村上陽一郎先生 2020年8月28日
- 朝日新聞掲載記事(東京本社版2020年6月3日付夕刊2面) 2020年6月4日
- La última carta 2020年5月23日
- 岩波文庫・オルテガ『大衆の反逆』新訳・完全版 2020年3月12日
- ¡Feliz Navidad! 2019年12月25日
- 教皇フランシスコと東日本大震災被災者との集いに参加 2019年11月27日
- 松本昌次さん 2019年10月24日
- 最後の大晦日 2019年9月28日
- 80歳の誕生日 2019年8月31日
- 常葉大学の皆様に深甚なる感謝 2019年8月11日
- 【再掲】焼き場に立つ少年(2017年8月9日) 2019年8月9日
- 今日で半年 2019年6月20日
- ある教え子の方より 2019年5月26日
- 私の薦めるこの一冊(2001年) 2019年5月15日
- 静岡時代 2019年5月9日
- 立野先生からの私信 2019年4月6日
- 鄭周河(チョン・ジュハ)さん写真展ブログ「奪われた野にも春は来るか」に追悼記事 2019年3月30日
- 北海道新聞岩本記者による追悼記事 2019年3月20日
- 柳美里さんからのお便り 2019年2月13日
- かつて父が語っていた言葉 2019年2月1日
- 朝日新聞編集委員・浜田陽太郎氏による追悼記事 2019年1月12日
- 【家族よりご報告】 2019年1月11日
- Nochebuena 2018年12月24日
- 明日、入院します 2018年12月16日
- しばしのお暇頂きます 2018年12月14日