今日の午後、東京の友人からメールがきた。新しい彼女と一緒の四枚の写真が添付されていた。ようやく彼にも春が微笑みかけようとしている。結局は結婚まで至らなかった彼の二人の交際相手のことを知っているだけに、今回の知らせはまるで我がことのように嬉しかった。
急いで彼に返信した。「良かったねー!!!!これがラストチャンス、絶対にゴールまで。美人でとても感じのいい人ですね。絶対に逃さないで!!!満願成就を祈念して、この際タバコをやめて彼女のために長生きせよ!!!」
二週間後に、彼女の家に挨拶に行くそうである。どうぞうまくいきますように!彼はけっして若くはないが、でもこれまで別々に生きてきた男と女が、一つ屋根の下で暮し始めるのだ。新しい環境への期待や不安は年齢には関係ないのである。
新しい出会いといえば、まったくの偶然だが、今日の午後の散歩のとき、美子が幼稚園から高校まで通い、そして大学卒業後は結婚まで教師として働いた桜の聖母学院高等学校宛てに、一昨年作った私家本『峠を越えて』を手紙と最近の写真一葉を添えて送った。彼女を知っている教職員や修道女たちはもう代替わりで少ないとは思うが、その人たちに彼女のことを思い出してもらいたいと、急に思い立ったのである。認知症になんかならなかったら、人付き合いのいい彼女のことだから、同窓会やらその他の機会に喜んで出かけただろうと思うと、彼女がまだ元気にがんばって生きていますよ、と伝えたくなったのだ。
会っても分からないだろうし、話しかけても理解できないだろうから、と敬遠されるのであろう、二、三の友人以外、彼女への音信がぱったり途絶えてしまった。自然の成り行き、仕方の無いこと、と思うのだが、やっぱり淋しい。だから幼稚園時代からの親友二人が、時おり電話や手紙をくれたり、そして暖かくなったら遊びに来てくれることになっているのが、彼女のために嬉しいし感謝もしている。
美子と初めて会ったのは、その桜の聖母学院高校の職員室前の廊下であった。そのときのことを、まるで他人事のように『峠を越えて』を読みながら思い返している。昭和四十三年六月初旬のことであった…
ところで昨日の「渇水」を読み終えた。水道料を滞納しているその家には、小学五年と三年の二人の女の子がいるが、両親は働きに出ているのかいつも不在。とうとう停水に踏み切らざるを得なくなって、風呂桶やバケツや、金魚の水槽まで水を張らせて役所に帰るのだが、二日後、その幼い姉妹が電車に轢かれて死ぬ。どうも自殺らしい。小説は最後に来て一挙に緊張を高め、そして終局を迎える。それまでの日常描写が淡々と続いていた分、一挙に小説に一本太い筋が通り、それまでのさりげない描写がにわかに意味を孕む。
事実は小説より奇なり、というから、作者が市役所勤務のときに実際に経験したことを書いたという可能性はあるが、しかし幼い二人の子どもの覚悟の自殺を最後にもってきたのは、ちょっとズルイ、というか木に竹、いや木に鉄を接いだようで不自然な感じがする。私なら(おや、いつ小説家になったんだい?)幼女の電車事故を聞いてあわてて現場に駆けつけるが、それは別の子どもたちの事故だと分かってほっとする。そして帰りがけに回ったその家の庭先に遊ぶ姉妹を見て、規則違反を覚悟で、開栓器をもって近づいていく、といったところで終わる、くらいの方がいいのではないか。やっぱ、幼い姉妹の自殺で締めるのは禁じ手ではないかな。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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