ナイロビの蜂

 『モノディアロゴスⅣ』に収録されている「薬の話」を読んだNさんから、自身の苦い経験(ステロイド薬害被害)を踏まえて、薬を飲み続ける恐ろしさについてのお手紙をいただいた。不愉快なお話で申し訳ありません、とあったが、もちろん不愉快などとは思わず、かえって私の身を思ってくださることへ感謝するばかりである。私の場合、糖尿病とアレルギー性疾患の薬が主だが、幸い毎月検診してくれる医者は信用の置ける医者で、副作用や長期服用の危険はじゅうぶん注意しているはずだ。
 おかげで数値はずっと安全圏に保たれており、背中や手のアレルギー性疾患もここ数年とまっている。しかしNさんの忠告はこれからもしっかり胸に刻んでおくつもりである。近年話題になっているB型肝炎その他の薬害はけっして他人事ではない時代に生きているわけだから。
 そんなことを改めて考えさせられる映画を数日前観ることになった。二〇〇五年の『ナイロビの蜂』である。昨年数ヶ月にわたって手持ちのVHS収録の映画九百本近くもDVDに変換するという荒業をやった後遺症のためか、このところすっかり映画から遠ざかっていたが、衛星テレビで予告編を見てぜひみたいと思っていた映画である。
 原作はミステリー界の巨匠ジョン・ル・カレルの小説の映画化で、雄大なナイロビを舞台にした本格的なサスペンス映画。監督はブラジル出身のフェルナンド・メイレレス、主演の外交官を演じたのはレイフ・ファインズ、その妻で事件に深入りして惨殺される妻を演じたのはレイチェル・ワイズ。実は監督も主演の二人の俳優も私には初対面だったが、なかなかいい仕事をしている。
 いや肝心の内容だが、まさに政・財界を巻き込んでの巨大製薬会社の薬害隠匿を描いた作品なのだ。つまりその犯罪行為を暴こうとして殺害された妻の秘密をたどる過程で、穏健なというか、それまであえて腐敗に目をつぶってきた夫が初めて巨大な敵に立ち向かおうとする姿を描いた作品である。
 ただし巨大組織の犯罪に立ち向かう個人は必ず志なかばで敗退するのはとうぜんと言えばとうぜんなのだが、彼も最後は組織に抹殺されてしまい、なにか釈然としない、胸のしこりがのこる結末になっている。薬害もそうだが、犯罪の程度としてもっと重いのは兵器産業や武器輸出の巨大悪の方だが、そちらの方はあまり追求されてこなかった。有形無形の圧力があるのだろうか。太ったアメリカ人監督、そうマイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』という映画はあったが…。ところで妻を演じたレイチェル・ワイズなかなかの熱演だなと思っていたら、この映画でアカデミー助演女優賞を獲得したそうだ。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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ナイロビの蜂 への1件のコメント

  1. 大杉高雄 のコメント:

    3月13日(日)に実家にて法事があります。
    11日?から13日まで原町に滞在する予定です。
    先生のご予定はいかがでしょうか?

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