午後のニュースで、ビンラディン殺害の知らせを聞いたアメリカ市民たちが、夜中にもかかわらずホワイトハアウス前(だったか?)に千人近くも集まって大喜びしている画面が映し出されていた。「殺害」とはまた言いえて妙という気がしないでもない。つまり逮捕するつもりが、思わぬ抵抗にあって、やむなく射殺したわけではないことが言外に匂っている。つまりは謀殺ということなんだろう。なにやらそのこと自体が犯罪めいて聞こえる。
もともと絵柄的(graphically)にはビンラディンよりブッシュの方が分が悪かった。顔のことは言いたかないが、ビンラディンの方が風格があった。もちろんアメリカ人にはそうは映らなかったはずで、ひたすら悪の権化に見えていただろう。ただ、ニュース画面を見て、先ず感じたのはイヤだな、ということだった。オバマ大統領は「正義は行なわれた」と言ったそうだが、ことはそう単純なものではない。別にビンラディンがなんとなくキリストに似ていて、射殺された現在ではますます殉教者めいて見える、なんて言うつもりはない。そんなものは印象批評以外の何物でもない。単純でない、と言ったわけは、複雑に絡みあった世界情勢のなかで、一方が100パーセント悪で、もう一方が100パーセント正義だなんてことはそもそもありえないということだ。
世界には、生まれながらにして既に負けが決っている人たちがいる。たとえば、ガザ地区の難民キャンプの中で生まれたパレスチナ人のことを考えてもみよ。あどけない乳児のときから、飲む乳には憎しみが混じっている。今回、はしなくも屋内退避区域とか緊急時避難準備区域とかに生活する羽目に陥ったが、ときおりふとガザ地区のパレスティナ人のことを思うことがあった。彼らが生きなければならない区域は、京都府警のお巡りさんに見張られた立ち入り禁止区域どころの話ではない。ときに境界線は空をさえぎる高い塀であり、その中で生きるとは、日々何シーベルトだか何ベクレルだか分からないが相当量の憎しみを呼吸し、そしてそれを蓄積していくことにほかならない。
最近の世界のニュースを逐一追っているわけではないが、原発事故以外の、というより正確にはそれをも含めた世界情勢は、特にリビア情勢など、かなりキナ臭い様相を呈しているようだ。かつてアメリカがイラクに対して採った政策を、今度はフランスやイギリスが採っているというわけだ。つまりこれまでかなりの程度まで肩入れしてきた相手を、一転して敵視しはじめたように思える。エジプトのムバラク、イラクのフセイン、いやいやかつてのオサム・ビンラディンに対してもそうではなかったか。歴史は繰り返される。しかしそこから何も学習しないという負の歴史が…連綿と続いていく。
原発事故はもちろん一日でも一瞬でも早い終息を願っているが、そこから抜け出た先の世界も決して住みやすくはなさそうだ。漱石さんだったら、きっと、この世はなべて剣呑なり、なんて言ったかも知れない。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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佐々木 さま
ヤバイッすねえ・・
9,11を忘れるな!
パールハーバーを忘れるな!
アラモを忘れるな!
あの国の政治家は、よほど物忘れが多いのか?
それとも、こうでなきゃ統治出来ないのか?
5,2を忘れるな、などを叫ぶ
はねっかえりがあちこちに出ないよう
祈るばかり・・
塵 拝