メビウスの輪?


南相馬市立中央図書館 開館三周年記念イベント
       “希望の鐘コンサート” プログラム


 演奏デュオ・スフィア: 川口彩子(ヴィオラ)菅祥久(ピアノ)
    ※場所 南相馬市立中央図書館 日時 12月1日午後4~6時半


パーニス・アンジェリクス(フランク)
アヴェ・ヴェルム・コルプス(モーツァルト)
ピエ・イエス(フォーレ)
アヴェ・マリア(グノー)
アヴェ・マリア(カッチーニ)
アヴェ・マリア(シューベルト)
アダージョ(アルビノーニ)
グリーンスリーヴス(ヴォーン・ウィリアムス)
アダージョとアレグロ(シューマン)
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 休憩 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
バッハの名による幻想曲とフーガ(リスト)…[ピアノ独奏]
小品集(菅 祥久)
愛の喜び(マルティーニ)
女心の歌(ヴェルディ)
人知れぬ涙(ドニゼッティ)
闘牛士の歌(ビゼー)
アメイジング グレイス(イギリス民謡)
愛のロマンス(スペイン民謡)
マルセリーノの歌(ソロサバル)
ある愛の詩(フランシス・レイ)
ホワイト・クリスマス(バーリン)
クリスマスの歌メドレー

※当日演奏する「デュオ・スフィア」はCD(「歌への旅立ち」Ⅰ~Ⅱ)や各地の演奏会などで活躍されているプロの演奏家です。ちなみに中央図書館の開館時と閉館時に流れている「幸福の鐘」と「希望の鐘」は菅祥久さんの作曲したメロディーです。
当日はお子さん向けの楽しい曲も演奏していただけるようなので、お子さん連れの方もどうぞいらしてください。      入場無料! 

お知らせはここまで。
 まずは表題の意味である。「メビウスの帯」というのは、「細長い帯を一回ねじって両端を貼り合せたときに、表裏の区別ができない連続面となる図形」を謂い、そこから「メビウスの輪」と言えば、永劫回帰、止め処ないものなどを指す言葉となった。ところでメビウスとはその帯を提示したドイツの数学者・天文学者(1790-1868)の名前である。
 なぜ唐突にそんな言葉を表題にしたか、いつものように幾本かの補助線を引きながらおいおい説明してゆく(なんでそんな回りくどいことを、との声も聞こえるが無視する)。
 さて上にお知らせしたのは、今週土曜、東京から川口さんと菅さんがいらしてくださって実現するコンサートのお知らせである。演奏曲目の最後あたりにクリスマス関係の曲があるのは、いつのまにか師走に入っていることを示している。お近くの方でこれをご覧になった方は当日ぜひ会場に足を運んでください。クリスマスっぽい表現を使えば、間違いなくハートフルな夕べのひとときが過ごせるはずです。当日は美子も車椅子に乗せて連れて行くつもりです。
 さて本当に言いたいことにたどり着くまで、あと何本か補助線を引かなければならないが、ともかくその言いたいことの端緒というかきっかけは、今朝方、西内君に頼まれて、川口さんの生原稿のプログラムをパソコンで打ち直しているとき(正式なものは数日中に図書館が準備する)、ふと浮かんだ思いつきである。つまり先日、菅さんと雑談していた折(彼との会話はいつも冗談半分の馬鹿話であるが)、彼が俺も教職の仕事をやめたら南相馬に来て余生を送ろうかな、とつぶやいた。そうだね、南相馬は暑くも寒くもなくほどよい暖かさに恵まれ、食べ物もうまいし、何よりも病院や介護施設などが多くて年寄りが暮らすにはもってこいの町だよ、とこちらも応じた。
 話はまた少し変わる。一昨日、とうとう健次郎叔父が来て一泊し、昨日は仙台での所用を終えた御史さんが遅れて来て合流し、お昼は頴美の準備したいつもの餃子などで賑やかな会食となった。夜の寝台列車の時間もあるのでレンタカーで二人は仙台に向けて帰途に就かなければならないが、途中鹿島のよっちゃんに会うため、私の先導する車で出発。初めのうちよっちゃんは、先日予告したことをすっかり忘れていたのか、キョトンとしていたが、そのうち健ちゃんのことを思い出し、それからは一瀉千里たちまち九〇年前(!)の健ちゃんよっちゃんに戻って行った。おキクばあちゃんのめんこい孫たち、その中に幼い島尾敏雄も交じっての愉快な田舎暮らしを思い出したのであろう。おキクばあちゃんは一族の財産が散らばるのを心配して、しきりにいとこ同士をくっつけようとし、この健ちゃんよっちゃんも危うく夫婦になる可能性もあったという秘話まで飛び出したが、帰りの時間で来てようやく夢から覚めた。
 ところで今回、この健ちゃんに私から提案したことがあった。つまり今度ばっぱさんの遺骨を公園墓地に納骨するが、ばっぱさんは長女であったため佐々木家よりどちらかと言うと安藤家への思いが強く、墓誌にも佐々木家・安藤家双方の死者たちが順不同で六名ほど名を連ねている。今回ばっぱさんは七番目にその没年月日と名前が刻まれ、普通なら続けて私と美子が並ぶ予定だが、提案というのは健ちゃんもいつか(何十年あと?)ばっぱさんの隣りに名前を入れてあげようか、という提案である(130歳まで生きると豪語している健ちゃんだから、ひょっとして私たち夫婦が先になるかも)。よろしく頼むということで、これで一件落着。
 いまある板状の墓誌の横に、実は今回石材屋さんに頼んで、美子の両親のそれを別個に作ってもらうことにしている。つまり佐々木家・安藤家のほかに三本木家が加わるわけだ。両親の死後、父方母方共に繋がりが切れて、文字通り天涯孤独となってしまった美子のために、この際両親も同じ墓に祀ろうというわけである(義母の遺骨は納めたが、義父のそれは福島のお寺さんにある三本木家代々の墓に収められたままだが、分骨しないでそのままにしておくつもり)
 すこし輪郭が見えてきた? まだ? そうだろね。もう少し補助線を引かなければ。
 つまり、要するに死者たちがこの南相馬に集まるだけでなく、老人たちもこの町に集まり、余生を楽しく仲良く暮らそうではないか、とのおかしな提案である。こうして一気に本丸に近づく。つまりメディオス・クラブを軸に、これからいろんな人の輪を繋いで行こうではないか……そうっメビウスの輪ならぬメディオスの輪をつないで行こうではないか、との提案である。おやじギャグもここで来ればご立派でしょう?
 震災後やたら「絆」という言葉が流行った。それにイチャモンつける気はないが、しかし先日も言ったように、あると思っていたたくさんの「絆」が実はずたずたに切れていたという悲しい現実を見てきたわけで、キズナキズナと叫ばれるたびに薄ら寒い想いをしてきたのは私だけでないだろう。
 ここで先日来主張してきたテーマにも繋がる。つまりたくさんの「想い」を紡ぐということ。あると思っていた「絆」は実は切れているか、あるいは再生不能のものが多くあり、それにこだわるより新しい友情やら「想い」を紡ぐ、という、より能動的な表現の方がぴったりすると思っているわけだ。
 そう、南相馬は生まれ変わる、老人が楽しく、かつ有意義に余生を送れる町に。一昔前、スペインやオーストラリア(でしたっけ?)など海外で余生を送ろうというキャンペーンみたいなものが流行ったが、よそ様の国に頼っちゃっちゃーいけません。日本でも負けず劣らず老人たちが暮らしやすい町を作りましょうよ。そのパイオニアが南相馬と言うわけです。
 おっと、老人ばかりで辛気臭いなど言わないでもらいたい。この老人たちの周りに前途有望な輝くばかりの少年少女、有為の青年たちが集まるんですなー。なぜですって? つまりその教え・技術・哲学を学ぼうとしてですよ。たとえば先ほど名前を出した菅さん、彼は大学で鍛えてきた教授法・演奏法を喜んで子供たち、青年たちに教えるでしょう。馬鹿な(御免なさいはっきり言っちゃって)大学生より、素直で吸収力の強い子供たち青年たちに教えることで、彼は都会の片隅で退職教師の味気ない余生を(勝手に想像して失礼!)送るより数倍楽しい、張りのある生き方ができるというわけです。
 そしてですね、最後は公園墓地の私も入る墓の墓誌に名前を刻んで、訪れる人に思い出してもらいましょうよ。来世を信じてない私ですが、人は親しかった者たちの記憶の中に生き続ける、と信じてます。だから遺骨は菅さんの家のお墓に納められるでしょうが、名前だけは公園墓地の兄貴(つまり私のこと)の墓にも刻まれるのです。
 菅さん以外にも、あの人も余生を南相馬で送って欲しいな。外国生まれの彼は、帰化したといえ東京近郊のあの町でひとり寂しく暮らしています。しかも病院は電車で何駅も先の愛想のない(これも勝手な予想です)看護師や冷たい(これも妄想のうち)医者の病院に通っていますが、しかしここ南相馬で暮らせば、親切で美人の(これも手前勝手な想像です)看護師さんやズーズー弁ながら温かみのある医者の世話になることができ、その方が数段幸福じゃないでしょうか?
 つまり一種のユートピアを、楽しい文化村を創ろうではないか、との提言です。
 さあ話が止まらなくなってきました。突然ですが今日はここらで止めておきます。最後に今日の主張をまとめるとこうなります。さあ皆さん! メディオスの輪を広げよう!

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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