ムヒカさんの講演

隣のコメント欄で立野正裕さんへの返事を書こうとして、いや待てよ、これから言うことはできるだけ多くの人に読んでもらいたい、と考え直し、本欄に書くことにした。
 昨夜、午後7時からのウルグアイ前大統領ムヒカさんのテレビ番組を見た。消費社会の先頭を切っているテレビ局、さらにそのお先棒を担ぐ司会者たちによってどう報じられるか一抹の不安を抱きながら見ていたが、まあまあ無難にムヒカさんのメッセージは伝わってきて一安心。特に彼のゲリラ時代や投獄の記録が適切に紹介されていて、彼の好々爺然とした温顔の内部に燃え滾る熱い革命家魂に触れることができたのは幸いだった。
 さらに今朝の「東京新聞」社会面に紹介されている東外大での講演要旨を読んでいて、思わず涙が出るほどの感動を覚えた。先日の怒れる老人の歌詞全文紹介といい(?)、今回のムヒカさんの講演要旨紹介といい、「東京新聞」編集委員さんたちの慧眼と決断に脱帽である。
 たぶんこれまでムヒカさんをドン・キホーテと比較する論評は無かったかも知れないが、スペイン思想研究家の私には、彼がドン・キホーテのDNAを濃厚に受け継ぐ遍歴の騎士に見えてくる。もちろん体形・容貌は彼の従者のサンチョ・パンサのそれだが、ドン・キホーテの生みの親であるセルバンテスの投獄体験のことも含めて、ムヒカさんが世の不正に果敢に立ち向かった「憂い顔の騎士」の末裔であることは間違いない。
 元スペイン語教師的(?)に言うと、今回の東外大講演の仕掛け人は、スペイン語教師である立石博高学長ではないかと推測しているが、実に時宜を得た企画だったと心から賛同したい。同じくスペイン語教師である杉山晃清泉女子大学長は一歩遅れをとったようで残念。私的(?)には先日述べたような次第で「母校」から「出身校」へとランクを下げた(?)上智大学は一歩どころではなく、そもそも考えてもみなかったのでは、と愚考する、残念。
 それにしても昨今のコマーシャルは派手過ぎ、やり過ぎじゃないかな。昨夜のムヒカさんの番組でも、計ったわけではないが、コマーシャルの多いこと、その押しつけがましさに辟易する。私たちは大量消費社会にすっぽりからめとられている、とのムヒカさんの警鐘なんてなんのその、これでもかこれでもかと消費熱を煽るコマーシャル。小さい時からこうしたコマーシャル漬けになった子供たちの行く末は、実(げ)に恐ろし、である。
 忘れてました、肝心の立野さんへの返事です。 もちろん、ご自由に、どんどん拡散してください。ともかく声を上げ、仲間に呼びかけることが大切です。今回のムヒカさん来日のことも、これまで知られなかった小さな出版社が企画したそうです。この出版不況の時代、いち早くムヒカさんの存在に気づき、彼を紹介する本を作ったこともそうですが、このなんとも閉塞感の漂う世の中、初めは細く小さな糸でも、それを確実に次の人へと繋いでいくことで、いつか大きな波になります。
 ともあれ今回の東外大でのムヒカさんの講演の企画運営、貴学の元非常勤講師である私は教員諸兄・学生諸君に満腔の感謝を、そしてその講演要旨を全文掲載された「東京新聞」に熱い敬意を捧げます。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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ムヒカさんの講演 への3件のフィードバック

  1. 阿部修義 のコメント:

     バスク系ウルグアイ人であるホセ・ムヒカ前大統領とバスク人であるウナムーノ研究の日本の第一人者である先生とは、共通した人生哲学があるように私は感じます。当日のテレビ番組を視聴していませんが、(ムヒカ dailymotion)で検索してみましたら幸いその番組がありましたので視聴しました。貧困家庭で生まれ、国民の平和と平等のために捨て身で国家権力と戦い、銃弾を6発受けたあげく13年に及ぶ投獄生活を強いられ、想像を絶する過酷極まりない人生の中で、自己と真剣に向き合い、自己との闘いの中で大統領にまで昇りつめられた本物の人物の口から絞り出された真実の言葉だからこそ私たちの心を揺さぶるメッセージになるんでしょう。先生がラテン語でペルソナを人格というほかに仮面という意味があると言われていたのを覚えていますが、先日ご紹介したこころの時代にも出演された故平山正実氏はペルソナの語源は「響き合う」という意味があると言われていたのを思い出しました。その意味をムヒカ前大統領の言葉から私は教えられたように感じます。そして、ウナムーノの言う「己の内部へ進め」にも通じるものがあるように思います。

     「幸せとは物を買うことと勘違いしている。幸せは人間のように命あるものからしか貰えないんだ。物は幸せにしてくれない。幸せにしてくれるのは生き物なんだ。」

  2. 立野正裕 のコメント:

    シェアご承諾いただきありがとうございます。
    「ともかく声を上げ、仲間に呼びかけることが大切です。」同感です。「このなんとも閉塞感の漂う世の中、初めは細く小さな糸でも、それを確実に次の人へと繋いでいくことで、いつか大きな波になります。」じつに勇気づけられる言葉です。ホセ・ムヒカさんの発言も一つ一つが胸に響きますね。
    阿部さんのコメントにも同感するところ大です。それから阿部さんが引かれるウナムーノの「己の内部へ進め」も、現今の学問研究における深刻な盲点と思わないわけにはいきません。かつてわたしの亡き恩師が英文学者なのに、われわれが大学院の学生だったころの演習に、オルテガやウナムーノを取り上げて(英訳でですが)熟読する機会を作ってくれました。
    佐々木先生の『ドン・キホーテの哲学』をわたしはスペイン旅行のたびに持参し、いわば内面的なガイドブックのようにして読んできました。とくに心引かれ、しばしば思い出すのは、3人のフアンないし4人のフアンの話です。

  3. 佐々木あずさ のコメント:

    ムヒカ元大統領への「ドン・キホーテ」DNAのお話、興味深く拝読しました。近いうちに、ドン・キホーテに関する本を読みたい衝動に駆られております。また、東京新聞の奮闘ぶりのコメント、素敵ですね。やはり、いじけることの多くなったマスコミを、応援し、エンパワーするのも私たちの仕事なのだと痛感しました。

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