反核と風車の冒険

私としては昨日から、いや今日からかな、とても大事なことを考慮中で、本当はその方を先にすべきだが、でも長年関わってきたスペインの不安定な政情について今考えられることをまず簡単に記録しておきたい。
 実はカタルーニャの独立問題を今まで特に考えたことも、そのための情報を集めたこともない。したがってこれから書くことが的外れである可能性は大いにある。しかし大筋では間違っていないはずだ。
 遠いスペインの問題、実は現にいま日本がぶつかっていることと無縁ではない。具体的に言うと、希望の党(或る人は小池女史のことを希望ではなく野望の人と形容したが、けだしその通りであろう)は永住外国人の地方参政権を認めないことを公認の条件にしているそうだ。排他主義が露骨に表れており、彼女の言う聞きなれない英語、ダイヴァーシティ(diversity=多様性)ですか(なんでここで英語使うんだよ)とは真逆の思想を臆面もなくさらけ出している。こういうのを日本語では羊頭狗肉もしくは恥知らずと言う。
 それがカタルーニャ問題とどう関係するか。今回の騒動に関するカタルーニャの主張には、中央政府の画一主義、とりわけ自分たちの豊かな経済力がアンダルシ-アのような怠け者たちの貧しい洲(グラナダのマルドナード神父さん、すみません!)に横取りされていることへの不満が底流しているようだ。でも万が一、独立を成功させたとしても、その国家像が従来のものと何の変りもないものだとしたら、これからも増え続ける(イギリスも同様の問題を抱えている)群小国家群の間の小競り合いが増える一方で、たとえ経済的に少しは良くなっても、ストレスと不満がたまり続ける世界になってしまうのではないか。
 簡単に言えば、近代国家という枠組み・構造それ自体が金属疲労を起こしているのが誰の目にも明らかなはずなのに、そこから敢えて目を逸らし続けているのが現代なのだ。今も絶えることのない紛争や戦争は、私の考えではそうした金属疲労の近代国家像にこだわり、しがみついていることから生じているとしか思えない。
 では具体的には、と言われると返事に窮するが、しかし敢えて乱暴に言い切ってしまえば、近代国家の構造そのものを緩やかに解体してゆくこと。その意味ではEUは勇気ある試みであったはずが、ここにきて少しバタバタしているのが残念である。でも方向性としては間違っていない。
 カタルーニャ問題に話を戻すと、画一的・強権的な中央政府も態度を改め、各州の自治権をさらに認める方向、つまり「Viva, España! スペイン万歳!」はオリンピックなどで叫ぶ以外、旧来の国家主義から徐々に脱皮してゆく道を探ってほしい。今日の新聞ではスペイン国王が悲壮な表情でカタルーニャ州政府首脳を非難し、国民の結束を叫んでいるようだが、ことここに至ってはむしろ柔軟な呼びかけをした方がよかったのでは、と思う。
 でもどちらにしても他国のこと、いまはむしろ日本の方がもっと心配だ。つまり先の永住外国人への地方参政権拒否など、前述のような狭隘な近代国家像から一歩も抜け出していないことは明瞭だ。安倍政権の国粋的国家主義とほとんど変わらぬ政治理念だ。伝え聞くところによると、脱原発というスローガンもかつての師(でしたか?)小泉元首相の意向が反映しているのに、彼を含めて首相・閣僚経験者を排除するという、これまたダイヴァーシティ(でしたっけ?)とは真逆の姿勢。とにかくケ〇〇ドの小さな集団としか言いようがない。
 ええい、ついでだ。もう一つの問題にも触れておこう。話はややこしくなるが、発端はこの数日の間に、十勝に続いて仙台と東京に「呑空庵支部」が誕生したことだ。支部と言っても何の制約もノルマもなく、本部(?)からの注文はただ一つ、「今日から私は○○支部です」とつぶやくだけ。もし近くに人がいたら心の中でつぶやくことで認証式終了というシンプルさ(お粗末という勿れ)。
 ところでその呑空庵だが、すでにご存じのようにこれはD・Q、つまりドン・キホーテの庵(いおり)の意味だ。もうだいぶ前から老夫婦の住む旧棟(新棟とは一階も二階も内部で繋がっている)の玄関口に古ぼけた竹製の表札(もしかして前身は踏み竹でなかったんかい?)にその名が下手くそな字で書かれている。
(ついさっき、「富士貞房と猫たちの部屋」の「家族アルバム」の最後にその写真を掲載したのでご覧あれ)
 つまり呑空庵とは老夫婦の家でもあり私家本の発行元でもあるのだが、いまや2,200冊になった豆本の奥付にもその名が印刷されている。しかし実はこれまで呑空庵の呑空の意味を真剣に考えてこなかった。つまりただの洒落だったわけだ。ところが今回、三つに支部が増えた段階で初めてドン・キホーテと反核(そして反戦)の関係を考え始めた。十六世紀日本で生まれたケセラン・パセランを平和菌と命名したのは我ながらお見事と自負しているが(誰も褒めてくれないので)、ドン・キホーテと反核の関係も突如天啓のように頭蓋の中で閃いたのだ。ウナムーノがドン・キホーテ論で夙に喝破していたように、あの有名な風車の冒険は、実はそのころから現代にまで続く科学という「巨人」の物神化・崇敬に対する彼の果敢な挑戦だったのだ。つまり当時、オランダから移入された風車は当代きっての最新鋭動力だったわけで、人々はそれまでちんたらちんたら小川の水を動力源としてきたのに、いまクリプターナの高原を吹き渡る風を受けてブンブンうなりながら回転する三、四十基の風車群に度肝をぬかれたわけだ。
 風車めがけて突進し、空中高く放り投げられた主人にサンチョは言う。「だから言わねえことでねえ! おめえさま、言いましたべ、とんちんかんなことしなさってるだと、あれは風車にちげえねえと? わかりそうなものだ。それともおつむの中でこんな風車がぐるぐるまわってるだかね?」(岡村一訳)
 巨人じゃなくただの風車だ、と言うが、しかしこの言葉自体の中に当時の人々のおつむの中にあった科学に対する強い畏怖の念というか信仰が透けて見えるのだ。つまりあれは風車ではないと言い切れるのは、サンチョの頭の中にすでに物神化された科学という化け物が巣食っているのに、本人はそのことを自覚してないことを示している。だがドン・キホーテは、目の前に見える風車にその化け物が潜んでいると信じたわけだ。
 当時最高最大の動力源が風だとしたら、現代のそれは? 間違いなく核である。つまりクリプターナの平原に屹立する風車群は、例えば我が福島県の美しき海岸線にその威容(異様!)な巨体を並べる原子力発電所である。現代のドン・キホーテの末裔が直接発電所を襲うのではなく(それはもちろんしてはいけない)しかしその廃絶を目指し、力の限り戦い抜くことは当然ではなかろうか。
 福島第一原発事故の究明も終わらぬうちに、本日数時間前、 原子力規制委員会は東京電力が再稼働を目指す新潟県の柏崎刈羽原発の6号機と7 号機の安全審査で合格点を出したという飛んでもないニュースが流れた。こうなればいよいよ真剣に、執拗に、そして持続的に、原発廃絶を目指して頑張らなければ、と決意を新たにしたところである。
 どうかこれをお読みの皆さん、宣言も掲示も登録も必要ありませんから、各自それぞれ心の中で「今日から私、呑空庵○○支部」とつぶやいてください。どこにも届け出る必要はありませんが、お気が向いたときにでも、談話室なり、あるいは佐々木へのメールで支部発足を教えてくだされば嬉しいです。十勝、仙台、東京の支部の皆さんもさらに力づけられますので、どうぞよろしく。
 私も今日からドン・キホーテと反核についての以上のようなメッセージを解説に加えて豆本作りに精を出すつもりです。


※ 翌朝の追記
 今朝制作のものから、例の豆本の解説に以下の文章を加えることにした。
 「そして平和菌誕生と同じころ、スペインでは文豪セルバンテスがドン・キホーテを世に送り出した。この憂い顔の騎士は平原に屹立する風車に向かって果敢に立ち向かったが、それはオランダ由来の、当時の科学技術の最先端をゆく風車の中に、以後現在まで人間社会を骨がらみに冒してきた物神化された科学、つまり巨人を認めたからである。
 サンチョもそして私たちも「あれは巨人ではなくただの風車だ」と彼を物笑いの種にするが、しかしそう言い切ること自体、物神化されたバケモノ(科学技術の盲信)が私たちの精神深くに棲みついていることを逆に証明している。
 十六世紀スペインの風車は、現代ではこの火山列島のいたるところにその威容(異様)を誇ってきた原子力発電所である。
 私たちは原子力の平和利用という美名に騙されてきたが、その廃棄物は何十万年ものあいだ毒性が消えないまま地中に埋められ、次世代にとてつもない負の遺産を残していく。
 したがって平和菌の拡散は、原発そしてそれと同根の核兵器の廃絶、究極的には世界平和の構築へと向かう静かで確実な挑戦であり、本書の発行元「呑空庵」の名はドン・キホーテ(DQ=呑空)の前線基地を意味している。」

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

反核と風車の冒険 への2件のフィードバック

  1. 守口 毅 のコメント:

    本日10月5日、呑空庵小金井支部スタートしました。
    ピノキオ・ドンキホーテですが、反核に向けて活動いたします。

  2. 立野正裕 のコメント:

    佐々木先生
    呑空庵高津支部もスタートしたところです。
    支部名Donkeyhutとたったいま命名し、胸のなかでつぶやきました。
    立野正裕

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