記憶の不思議

談話室常連の立野さんからこの数日の間に2冊も新著が届いた。一つは氏の映画評論集第二弾の『スクリーン横断の旅』(彩流社刊)、そしてもう一つは氏もその同人の一人である群島の会の同人誌『トルソー』第2号(スペース伽耶)である。
 前著で取り上げられている六十数本の映画のうち、他人よりわりと映画を観ている方と思っていた私が、わずか15本、つまり四分の一しか観ていない。ということは立野さんがものすごい数の映画を観ているわけだ。だから本の読み方としては邪道のうちに入るだろうが、まず自分の観た映画、しかもあとがきに取り上げられている『慕情』から拾い読みを始めた。ところが『慕情』と亡き母上の思い出とを絡ませたその「あとがき」で参ってしまった。すごくいいのだ。
 つまり立野さんの映画評は並みの映画評とは二味も三味も違っていて、そこで登場人物たちのことを語りながら、おのずと作者自身のみならず人間そのものの人生が、その深い意味が解き明かされてゆく。それも人生とは、と大上段の構えから語られるのではなく、普通の人なら見過ごしてしまうごくごく小さなエピソード、時には身振りや表情の意味から真実に迫ってゆく。例えば冒頭の『東京物語』の原節子の微笑の取り上げ方には舌を巻いた。
 だがこのごろ物忘れが加速しているようで、ちょっと悲しくなっている。今も一つのことがどうしても出てこない。つまり以前、確か或る日本映画の登場人物、たぶん女性、の挨拶について立野さんが見事な解釈をされたときも感心したのだが、その映画の題名も俳優の名前も出てこないのだ。何だったろう? ……だめだ思い出せない。
 このように物忘れがひどくなっているのだが、しかし時おり、とんでもなく難しい、例えばスペイン語の単語など、あっこれ…だ、と分かることがある。今朝もまるで聖書のように総革の表紙に装丁し直したアントニオ・マチャードの『フアン・デ・マイレーナ』を久しぶりに読んでいて、次のような文章に差し掛かった時だ。

    El mundo occidental padece de plétra de ellos….

 つまり「西欧世界は(行動的人間たち特有の)多血症を患っている」のその 多血症(plétra)なんて難しい医学用語がすぐ分かったなどのことである。医学を勉強したわけでもないのに、なんでそんな単語が頭蓋のとこかにへばりついていたんだろう?
 まっこんなこともたまにはあるので、日々加速する物忘れにそれほど落胆もしていないのだが、どなたかその映画が何であったか気がついたら「談話室」にでも届けて下さいませんか。
 さて今日は何について書いてたんだろう?……あっそうか、立野さんの新著についてだった。もう一つの新著、『トルソー』第2号だが、目次を見てびっくりした。何と「一条の雷光のごとく」佐々木孝・立野正裕、とあるではないか。立野さんから「談話室」のでのやりとりの一部を第二号に載せることは知らされていたが、目次にまで麗々しく名前が出るとは思わなかった。実はこれをまとめたのは、同人の伊藤龍哉さんで、彼自身は黒子に徹しての紹介である。「小熊秀雄との出会い」、「元アメリカ海兵隊員の証言」「或る私信」の三つが載っている。ネットで見たり私家本で見るのとはずいぶんと雰囲気が違ってて新鮮に感じられる。「談話室」もなかなかいいエッセイの舞台になっているわけだ。今回の談話には、もちろん守口毅さん、佐々木あずささんの発言も収録されている。
 ちなみに二冊の新著とも書店やアマゾンで購入可能ですので、お気が向いた方はどうぞよろしく。

★翌朝の追記 毎年忘れていて、川口の娘からのお祝いメールで思い出すことがあります。私一人のことなら、例えば誕生日、こんなところに書かないけど、ほかならぬ美子のことだから書かせて下さい。つまり今日11月17日、49回目の結婚記念日だということ。あっ今年のことではないんです、でももし覚えていて下さったら来年金婚式なので、メールで祝ってください、美子のために。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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記憶の不思議 への4件のフィードバック

  1. 阿部修義 のコメント:

     美しさには、目に見えるものと目に見えないものがあると思います。目に見えないもの、たとえば、人の何気ない行為とか人柄は、それを受け取る側の教養とか感性によるところが大きいのではないでしょうか。立野さんの文章は、そうした目に見えない美しさを洗練された想像力で、その核心部分を的確に見抜かれ、しかもそれを豊かな表現力で描写されているんだとご著書を拝読して私は感じます。先生が思い出せないと言われる映画は、おそらく、『スクリーンのなかへの旅』にある今村昌平監督の『黒い雨』だと思います。「談話室へのお誘い」で私も感銘を受けてコメントしたので覚えています。新著『スクリーン横断の旅』も購入するつもりです。

     先生と美子奥様のご結婚記念日が今日とは初めて知りました。おめでとうございます。一段と寒くなってきましたが、どうぞお体には気をつけてください。

  2. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    阿部さん、お早うございます。そうでした、いま「談話室へのお誘い」(本年五月十二日)を検索したらコメントのところで見つけました。ありがとう。
     それから美子への祝辞、ありがたく頂戴します。先ほどヘルパーさんたちにお風呂を入れてもらったのですが、いつもご親切なIさん(女性)が、今日は調子がいいのか確かに鼻歌を歌ってました、とのご報告。ありがたいことです、もしかして今日の日のことを思い出してくれたのかも。

  3. 佐々木あずさ のコメント:

    佐々木孝先生、立野先生、
    先日、その「トルソ―」を拝受。直筆のお手紙に感動、そして、呑空庵主をはじめ人生の大先輩のみなさまの間に、ちょこんと私の駄文がはさまれていたのに気がつき、感動!大感激でした。立野先生には改めてお礼状を、と思いつつ、まずはメールで感者申し上げます。

  4. 佐々木あずさ のコメント:

    寄りあい処 呑空庵 №1 2017年11月24日発行
    「呑(どん)空(くう)庵(あん)」とは、師匠の佐々木孝さん(スペイン思想家、帯広生まれ)の思索の場です。私は、2年前より「呑空庵十勝支部」を拝命し、先生の著作集の無料貸本屋を営んでいます。
     先日、ふと、「寄りあい処 呑空庵」の屋号がひらめきました。早速、お話ししたところ、「スペイン語で寄り合い処、常連の集まりをテルトゥリア(tertulia)といい、ウナムーノもオルテガも彼らの思想の苗床としてました。楽しく頑張って、多くの常連・仲間を作ってください。」とメッセージを頂戴。ということで、今回の2つの講座のご案内となったわけです。
    さて、もう少し、師匠のことをお話すると…「モノディアロゴス」で思索を世界中にインターネット配信しています。戦時中は満州で暮らし、動乱の中を母親に守られながら、十勝に戻った体験を原点とし、思春期、青年期と重ねられた思考「モノディアロゴス」は、スペイン語や韓国語などにも翻訳されています。現在、南相馬市にて奥さまやお孫さんたちと暮らしています。
     インターネットで「モノディアロゴス」を検索していただければ、すぐアクセスします。自由闊達な意見交換が繰り広げられる「知のプラットホーム」です。ぜひ、お訪ねください。私は、南相馬まで車を走らせ、お茶をいただきながらお話を伺いました!(^^)!

    お知らせ~当面、参加費は400円前後に設定します。用途は、ナビゲーターの交通費補助、講師料(ほんの少しですが)、チラシなどの印刷経費、会場やマイク、プロジェクターなどの使用料に活用しながら運営します。

    講座のご案内~ざっくばらんに きいてみよう はなしてみよう~ 

    第1講座  和 解 と 平 和~世界の紛争地での出会いから学ぶ
    ナビゲーター 笹森行周上人(日本山妙法寺僧侶 66歳)
    プロフィール
    室蘭市出身。1976年25歳、スリランカで日本山妙法寺創設者藤井日逹上人から得度を受け仏門に入る。以来、スリランカ・イギリス・オーストリア・北米・ニカラグア等で修行。その間、1991-92年(パナマ―ワシントン 平和巡礼)、1994-95年(アウシュビッツ―ヒロシマ 平和巡礼)。他、各地で行われた平和行進・平和会議等に出席。ニカラグアの元外務大臣 故ミゲール神父とは紛争解決を求め協働する。現在は実家のある白老町で母親の介護に専念している。論文「仏教に於ける生死観」で北大大学院にて博士号取得。 
    *****************************************************************************
    日 時: 2017年12月2日(土) 14:30~16:30
    会 場:帯広市とかちプラザ 403号室(4階)
    参加費:400円

    第2講座 フクシマ あの時 あれから そして今
    ナビゲーター 山内尚子(原発いらない福島の女たち)
    プロフィール
    福島県出身の両親のもと、1957年釧路管内浜中町に生まれる。鶴居村・標茶町の僻地、白糠町などで教師の娘として育つ。釧路湖陵高校器楽部卒業。フルート、ピッコロ担当。愛知県の日本福祉大学を卒業後、福島県立特別支援学校教諭として勤務。チェルノブイリ事故以降、武藤類子氏と共に「原発いらない風の会」を立ち上げ、『風の新聞』を発行。県内有志による脱原発ふくしまネットワークのメンバーとしても活動。県内に10機ある原発と、青森県六ケ所村の核燃料サイクルに反対する運動を始める。郡山養護学校勤務中に東日本大震災に遭遇する。原発事故の刑事責任を問う「福島原発告訴団」「東電刑事訴訟支援団」役員。「原発いらない福島の女たち」メンバー。福島県中通り南部の鏡石町で一人暮らし。趣味は映画と韓国語学習、インド、韓国などへの旅行。3月で定年を迎えるが、インドでの日本語教師就職を目指して準備中。*******************************************************************
    プレ企画 「福島 六ヶ所 未来への伝言」上映 参加費600円
       ~2018年1月25日(木)18:30~20:30 とかちプラザ視聴覚室
    第2講座 日 時 : 2018年1月28日(日) 16:30~18:30
         場 所 : 帯広市とかちプラザ 304号室(3階)
        参加費 : 400円
    後 援 :泊原発廃炉の会十勝連絡会・原発をなくす十勝連絡会
            被災者支援ネットワーク むすびば十勝

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