実にあざとい!

時事ネタはできれば避けたいテーマだけれど、このごろ時局とりわけ政局にはおかしなことが多すぎる。たまたまテレビのニュースを見ていたら、福島県の内堀知事が中央に出向いて「イノベーション・コースト構想」とやらの助成を陳情したらしい。なんで英語を使うのか、そこがまずおかしいのだが、要するにわれらの浜通りを「ロボットバレー」にするための後押しを求めに行ったらしい。つまり浜通りをシリコンバレー並みのロボットなど先端技術革命のメッカにしたいらしい。(シリコンバレーのように渓谷地帯ではない浜街道が何でバレーなんだよ、アホかいな)
 こんな惹句が作られたようだ。「福島県は、東日本大震災、東京電力福島第一原子力事故に伴う廃炉と向き合い復興を成し遂げるため、新たな産業の創出として、ロボット関連産業の振興に取り組み、『ふくしまロボットバレー』の形成を目指しています。」
 これだけ読むといかにも殊勝な考えではないかと早合点しそうだが、しかしよくよく読むと将来起こるであろう原発事故にも万全の備えをしたい、つまりさすが福島県はとうぶん原発は作れまいが、しかし原発事業を推進する中央政府には逆らいませんという下心見え見えの惹句である。そのためには「災害対応ロボットやインフラ点検用ロボットの研究開発を行っている企業、大学、研究機関等の事業者に対して、福島浜通り地域の橋梁、トンネル、ダム・河川、その他山野等オープンスペースを、実証実験の場として提供します。」と来た。
 ざけんじゃない! この美しい浜街道を実験場として提供するだと! よくぞ言ってくれますね。さらに将来的には「医療・福祉(介護施設、病院等)、農林水産業など、仕事や生活の場へのロボット導入を推進します。」だと。またまた、ざけんじゃない!!!ロボットの介護士など見たくもねえや!
 とどめは、「選ぶならふくしま」というこんな勧誘広告までしてけつかる「優れた交通アクセス・優秀で粘り強い人材……」。粘り強い? これまでも東北人を「褒め殺しにする」ための常套句だ。「再生可能エネルギーの推進」という言葉も見られるが、それはあくまで建前であって、本音は「安全・クリーンな」原発推進だろう。そんな神話は3.11で雲散霧消したというのに。
 ええい! 面倒だ、ついでにもう一つ癪の種ニュースを言っちゃえ。
 ヤフーニュースのトップの見出しにこうありました。

「安倍首相、真珠湾訪問へ=歴代初『未来に不戦の決意』―26日から、オバマ氏と慰霊」

 これも実に騙されやすいニュースだ。この間のオバマ広島訪問の返礼というわけだろう。「不戦の決意」だと? 本当に不戦の決意だったら、あの「戦争法案」は何のため? オバマもあの原爆慰霊碑前で「感動的な」メッセージを読み上げながら、背後に核弾頭発進ボタンを詰めた黒カバンがちゃんと用意されていたのと同じで、首相の言う「不戦」はただアメリカとは戦わないというごく仲間内の約束でしかないことは見え見えだ。日米同盟という仲良し同盟の確認に過ぎない。
 実にあざとい(誰が? 言うまでもあるまい)、つまり小利口。中国語に訳すと「小聡明」。利口・聡明のつもりらしいが、見る人が見れば「小芝居」に過ぎない。彼のパフォーマンス好きは死ぬまで治るまい。
 鞍馬天狗じゃないが、「杉作、日本の夜明けはまだまだ先じゃ。おさおさ油断するでないぞ!」
(チキショウ! 今日も貴重な豆本作りの時間がこんなヨタ話で潰れてしもうたわい。)


※どうしても言っておきたい追記

 私がなぜロボットという言葉に異常なまでの反応を見せるか、については、必ずや阿部さんが見付けてくれるはずだが今回は私が先陣を承って指摘しよう。昨年十月三十日の「狂夢にまつわる三題噺」にこう書いている。

ここで思い起こされるのは、ロボットという言葉の生みの親、小国チェコが生んだ作家カレル・チャペック(1938-1980)である(robot の語源はチェコ語で「賦役」(強制労働)を意味する robota らしい)。人間のエゴイズムと科学技術の安易な結合の産物たるロボット物語は、実は人類の危機を予想した警告の書ではなかったのか。近代の価値観、その科学崇拝の最先端の継承者たる小国ニッポンは、原爆投下と原発被災という二重の悲劇を経験したというのに、未だにバラ色一色の未来図しか見ていない。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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