前の家の書斎は北東に面していたので、午後の陽はまったく差さなかったが、今の家の二階縁側の書斎(文字通りコーナーだが)からは午後の陽光の刻々の変化や移動が分かる。先ほどから床の上で心地よさそうに昼寝をしているミルクの白い毛が光り輝いている。そうだ、ついでに言わせてもらおう、実は彼女、今朝方変なことをした。縁側に置いてあった小さな板っぱしの上で、まるで波の上のサーファーよろしく、四ッ足でバランスをとろうとしている、と見えた。しかし不安定なのか、次にそこから降りたと思ったら、なんととつぜんカーペットの上でおシッコを始めたのである。長々と気持ち良さそうに。あわててクッキーのオシメでふき取った。たっぷり二枚分のおシッコ。クッキーと比べると粗相のない猫たちと安心していたのに、どうしてしまったのだろう。
穏やかな秋の午後というわけでもないらしい。国見山の上には黒い雲が動いている。しかしそのために空の光が黄金色に乱反射している。
先ほどから部屋の中では、妻が明日から二泊三日の東京行きの準備をしている。ときおり電車の時間や切符の置き場所を訊いてくる。実は明後日の姪の披露宴に夫婦で呼ばれたのだが、動物たちの世話があるので今回は私の代わりに、八王子の娘に同道してもらうことにしたのである。明日からの妻の日程は、まず昼前の電車で上野まで、そこで迎えている娘(たぶん息子も、しかし息子はその場で別れる)と我孫子まで、そこで迎えている姉と白井町の義兄の家に行き、二人はその夜泊めていただく。翌朝、義兄夫婦と皆で東京の披露宴会場まで。宴のあと妻と娘は八王子の娘のマンションに。たぶん桜上水に住む息子も訪ねてきて、その夜は久しぶり親子三人で夕食。翌日は遅い午後の電車で帰る。もちろん娘が電車の乗降口までエスコート。つまり行くときも帰りも、どこぞの皇族よろしく誰かが先導するのだが、妻は「初めてのお使い」の四歳児のようにすでにいろいろ心配しだしているのだ。昔から電車の切符もろくに買えないほどとろくさい人だが、田舎に来たらその依存症がさらに嵩じている。困ったものだ。
ココアが外出から戻ってきた。この子は、歩きながらとりあえずは鳴く習性がある。救急車のように自分の居場所を教えているのだろうか。先ほどのミルクの突然の幼児返りといい(妻の依存症といい)、未だに猫の(誰かさんの)気持ちを量りかねている。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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