アンポ柿

 『フィリップ全集』全三巻が届いた。箱入り布表紙のなかなかいい感じの本である。箱は他の本のためにさっそく解体した。本体の方は、積年のため相応に古びてはいるが、これはこれで手を加える必要はない。古本といっても読まれた形跡はない。紐栞が五十八年前からそのままの位置にまるまっていることで分かる。
 実在の娼婦をモデルにした出世作『ビュビュ・ド・モンパルナス』を小牧近江が訳しているほか、『母と子』を山内義雄、『若き日の手紙』を鈴木健郎、そして『朝のコント』を堀口大学など、錚々たるフランス文学者が訳者陣に名を連ねている。巻末の広告には、ピエール・ロチの『お菊さん』と並んで、渡辺一夫が『アフリカ騎兵』を訳している。このフィリップ全集もそうだが、一九五〇年代はすぐれた翻訳が妍を競っていたようだ。
 午後、ばっぱさんのところに行く前に南国屋にアンポ柿があるかどうか見に行った。ちょうど昨日入荷したそうだ。健次郎叔父のところに送るために購入。伊達農協のブランド(?)もので一個百二十五円とかなりな値段である。今年二階縁側で初めて作った干し柿は、もとは一個二十五円くらいなのだから、太陽光と自然の風をたっぷり吸っただけで五倍の値打ちが出るわけだ。今年は七十個だけだったが、来年はその二倍、いや三倍作ることにしよう。といって、柿の皮を剥くのは頴美の仕事だけれど、彼女来年はぜひがんばると今から張り切っている。
 昨年、狭い庭に梅と無花果の苗木を植えたが、順調に伸びているのだろうか。もう少し庭が広ければ蜂屋柿も植えたいのだが。いやもしかすると、そのスペースくらいあるかも知れない。私たちが八王子から越してきた当初、庭に大きな桜の木があったのだから。ところで先週のスペイン語教室でその蜂屋柿の話が出たとき、むかし飢饉で越中あたりから浄土真宗門徒が相馬地方に移住してきたときに(十九世紀初頭)、その蜂屋柿と同じ種類の柿を持ち込んだが、この地方では別の呼び方をしているらしい。聞いたのだが思い出せない。来週もう一度聞いてみよう。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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